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白い結婚成立直前に旦那様が帰ってきました 3

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 翌朝になってもウェルズ様は帰ってくることがなかった。
 やはり放置されるのかと半ば諦めて職場に向かう。
 しかし、第三王子の執務室が異常なほど騒がしい。

(……既視感。嫌な予感がする)

 そっと覗いてみると、なぜかウェルズ様がマークナル殿下の胸元を掴んで宙に浮かせていた。
 私は慌てながら二人のそばに駆け寄る。
 いくら永きに渡った隣国との戦いに終止符を打った英雄とはいえ、王族に対する不敬が許されるはずもない。

(どうして……!? ウェルズ様はとても物静かで、誰かに暴力を振るうような人ではなかったのに!!)

 私が間に入ると、ウェルズ様は悪いことをして見つかった子どものような顔をした。

(そんな顔をするぐらいならしないでほしい)

 そう思いながら床に尻餅をついたマークナル殿下のそばにしゃがみ込む。

「マークナルの味方をするのか」
「え?」

 なぜか私のことを責めるような口調になったウェルズ様。
 このような現場を見れば、怪我をしたかもしれない第三王子殿下を誰もが心配するに違いない。

「そうさ。君がいない3年、俺と彼女の距離は近づいた」
「ま、マークナル殿下!?」

 マークナル殿下まで根も葉もないことを言いだしたことに驚き、私はうろたえた。

「……っ」

 ウェルズ様が私に縋るような目を向けた。
 彼がこんな顔をすることがあるなんて想像もしていなかった私は再び内心うろたえた。

「……少し頭を冷やしてくる」
「……ウェルズ様?」

 うなだれて部屋を去っていったウェルズ様。気がつけば彼の背中を追いかけていた。

 ――王宮の外れに彼は一人で立っていた。

(この場所は……)

 この場所は私とウェルズ様が初めて出会った場所だ。
 魔力がない私は実家でいないもののように扱われていた。
 ようやく王立学園を卒業し、下級事務官として勤め始めた私と、当時はまだ隊長の職に就いたばかりだったウェルズ様。
 男らしく素敵な騎士様に私は一目惚れをした。
 そんな騎士様が私に結婚を申し込んでくれた日は、夢の中にいるのではないかと思ったものだ……。

「カティリアには、帰って早々情けないところばかり見せているな」
「……ウェルズ様」
「だが、こんなにも会いたかったのは俺だけか」

 その言葉に私は衝撃を受けた。そして同時に、それならどうして手紙の一つも寄越してくれなかったのかと詰め寄りたくなる。
 けれど、私が口を開くよりウェルズ様が私の肩を掴んで口を開く方が先だった。

「……1カ月だ」
「え?」
「残り1カ月でもう一度俺に振り向いてもらう……。覚悟してくれ」
「はい?」

 肩を掴まれて額に落ちてきたのは、夫婦と言うにはあまりに遠慮がちな口づけだ。

 その時、遠くからウェルズ様を呼ぶ声がした。
 目を向けると、遠くで副団長がウェルズ様を探しているのが見えた。

「戦後処理を終えたら帰るから、屋敷で待っていてくれ」
「は……はい」

 あまりに深刻なウェルズ様の表情に、私は先ほど告げようとした言葉を忘れてただコクコクと頷いた。

「良かった」

 ウェルズ様がこちらに春の日差しのような笑顔を向ける。
 私は呆然としながら額を押さえてその場にしゃがみ込む。

(どうなっているの!?)

 去って行くウェルズ様は、私が知っている彼とはあまりに違う。
 私はその背中が見えなくなるまでぼんやりとその姿を追っていた。

 ***

 屋敷に帰ると、使用人が総入れ替えされていた。

(あら……? 入れ替わる前にいた使用人たちよね)

 私がウェルズと結婚するために挨拶に行った時に出迎えてくれた使用人たちが全てとはいかないが揃っていた。
 そしてあっという間にバスルームに連れ去られ、至れり尽くせりの待遇を受ける。
 本来であれば侯爵家夫人として当然の扱いだろう。
 けれど、子どものころから自分のことは自分でするのが当たり前だった私にとってはとても恥ずかしいことだった。

 抵抗しても無駄だと言うことに気がつき、身を任せる。
 ぐったりしている私に、淡い花の香りの香油が塗りたくられ、気がつけば少々心許ない薄さの部屋着へと着せ替えられていた。

 白い結婚認定まであと一ヵ月……。
 粛々と迎えようと思っていたその日が、ずいぶん遠く感じるのだった。
 
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