そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら

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素敵な夫婦になりたいです。旦那様?

第三十五話 ずっとあなただけが好きでした。旦那様?

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 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 リーフェン公爵の腕の中で、目を覚ます。
 恐ろしい記憶に、思わずその胸にすり寄った。
 目を開けると、眉を寄せて、どこか辛そうな様子のリーフェン公爵と目が合った。

「――――ルティア、ごめん」

 すごい力で、抱きしめ返される。起きていたらしい。いくら恐ろしい夢を見たからといって、あんなふうに甘えるなんて、恥ずかしくなってしまう。

「……え?」

 羞恥心を感じた直後、なぜか私のことを強く抱きしめるリーフェン公爵の腕が、震えているのがわかった。どうしたというのだろう。私は動揺しながらもそっと背中を撫でる。

「どうしたの……ですか」

「少し、記憶が戻っただけだから。――――ごめん、ルティアは俺と違って全部覚えているって言っていたのに。こんなに動揺するなんて」

「何を思い出したんですか? それに私は大丈夫ですよ? ずっと記憶があったから、もうある程度気持ちの整理がついていますから」

 ――――この言葉は、半分は本当で半分は嘘だ。

 リーフェン公爵が、こうして私のことを大事にしてくれる前は、この記憶が本当に怖かった。それに、今でも、あの時の夢を見た直後は、今と前世の区別がつかずに本当に恐ろしい。

 それならきっとリーフェン公爵のように急に思い出すのは、もっと怖いに違いない。
 私は、まだ震えているリーフェン公爵をギュッと抱きしめた。

「大丈夫です。私はここにいますから」

 抱きしめた私の肩に、顔を埋めてリーフェン公爵が後悔と悲しみがごちゃまぜになったような声色でつぶやく。

「そうだね……。ルティアはここにいる。でも、俺は結局アンナに守られるばかりだった」

 キースはいつも、アンナを守ってくれたのに。守られるばかりだったと思っているのは、アンナだって同じだ。

「守りたかったのに……。俺のこと助けたあとに、あんな目にあっていたなんて。ごめん」

「そこまでしか、思い出せていないんですか? 助けに来てくれたじゃないですか」

 キースは最後まで、アンナを助け出そうとしてくれた。
 私はそれを知っている。
 もっと違う方法も、違う未来も二人にはあったのかもしれない。

「きっと、キースとアンナはお互いのこと本当に愛していて」

「ルティア?」

「でも、お互いのことを信じてはいなかったんですよね……」

 今ならそれがわかる。お互いのことを助けたいと、そしてあんなにお互いのことを恋い慕っていたのに、二人がお互いのことを信じ切れていなかったことが。

「もっと、大好きなこと伝えればよかった。なんでも相談すればよかった。自分の気持ちを伝えるべきだった」

「――――ルティア」

「私は、旦那様とそう過ごしていきたいです。……だから、辛いことをそんな風に抱えなくていいんです。私に話してください」

「……俺がそうすれば、ルティアも何でも話してくれる?」

 たぶん私も、リーフェン公爵もそうすることが苦手だ。
 つい、自分のことよりも相手のことを考えすぎて、自分が辛い時にそれを相手に伝えることをためらってしまう。

「約束しましょう」

「ああ……。約束しよう。それなら早速。――――ディルと恋仲じゃなかったって本当?」

「えぇ……?! 今更ですか」

 どうもリーフェン公爵は、今日の今日まで私とディル様が恋仲だったと思い込んでいたらしい。
 私はとっくに、その辺りの記憶は思い出しているものだと思っていた。

 そうなってくると、劇場版聖なる瞳の乙女の台詞は完全に……。
 ため息とともに、思い込んだら止まらない幼馴染への愛しさが溢れ出してしまう。

「そっか……。良かった」

「アンナはキースのことが世界で一番好きでしたよ?」

「そう…………」

 まだ何か言いたそうなリーフェン公爵の視線。

 ――――そうですね。なんでも話すって、約束しましたものね。

「――――私も、世界で一番旦那様が好きですよ」

「……先に言わせて俺はずるいな。……俺も世界で一番ルティアが好きだ」

 言葉を交わして、笑い合う。私は、リーフェン公爵の強さも、やさしさも、二人で幸せになる未来も、これからずっと信じていく。

 けれど、「何でも言う」って約束した直後なのに、私を抱きしめたままの旦那様の手が、少し不埒な動きをしていることを指摘することは残念ながらできなかった。
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