そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら

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望まれない結婚ではないのですか。旦那様?

第十九話 無茶をするなと言うのは無理な話です。

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 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 
 回復魔法を使いながら夜通し馬で駆けて行った末に、戦場にたどり着いた。
 途中、崖から落ちかけたりもしたけれど、無茶な道中もここで終わりだ。

「さすがにここまでつけて来られると、気配を消していてもさすがに気が付きますけど。ミスミ騎士長?」

 そして、後からずっとついてきたミスミ騎士長。しかも馬に乗らないで、走ってついてきた。この人本当に人間なのだろうか。
 ため息を一つついて、回復魔法をかける。

「……気が付いてましたか。馬も使わなかったし、気配を消すのには自信があったんですけどね? 部屋から出たことのない姫君と伺っていたのですが。……なかなかの乗馬の腕です。まるで、何度も戦場を駆けたことがあるような」

 私は、かつての愛馬にそっくりな相棒にも回復魔法をかけながら、微笑んだ。
 自嘲めいた笑いになっている自覚がある。ミスミ騎士長が、息を呑んだのがわかった。

「あなたは、かつての知り合いにとてもよく似ています。その人もとても強かったけど、あなたの方が強いみたいですね。乗馬を私に教えてくれたのも、その人です」

「差支えなければ、その方のことを……」

「ディルという名前の騎士様ですよ」

「ディル……?」

 姫のそばに、騎士の一人や二人いてもおかしくはないだろう。そんな軽い気持ちでその名前を口にした。本当に、ミスミ騎士長とディル様は良く似ている。

「先を急ぎましょう」

「――――仰せのままに」

 先を急いでいた私は気が付かなかった。ミスミ騎士長がその名前を聞いた時、一瞬だけ顔色を変えたことに。

 戦場に着いた瞬間、私は今まで羽織っていたローブを脱ぎ捨てた。
 このローブは、信じられないほど高価なくせに、その効果は半日程度しか持たない。
 今となってはただの古びたローブでしかない。

「ありがとうございました……お父様」

 たぶん、父である陛下は、私が公爵家でひどい扱いを受けた時に、逃げることができるようにこのローブを持たせてくれたのだろう。
 あるいは、有事の際に私の力を封じるためか。

 どちらでも構わなかった。これで、あと少しでリーフェン公爵のもとに行ける。

「本当にやんちゃですね……。あの頃から変わらない」

 そんなことをつぶやいたミスミ騎士長が、私の魔眼で無力化された魔法使いを一人また打ち倒した。私に配慮したのか、殺してはいないようだ。

 いつの間にか、私は戦場の少し小高い丘の上にいた。

「――――ミスミ騎士長、弓矢と剣からだけ私のことを守ってくれますか?」

「この大軍勢の真ん中で、私の主たちは二人とも無茶ばかり言う」

 そう言いながらも、絶対に守ってくれるだろうミスミ騎士長。なぜかわからないけれど、こうして肩を並べるのが、初めてではないような気がする。

「ふふっ、不死身の騎士長っていう二つ名がつくようにしてあげますから!」

「光栄です。奥様!」

 私が丘の上から戦場を見下ろすだけで、次々と魔法使いたちは膝をついていった。
 魔法を使うことができる騎士たちの動きも、徐々に重くなっていく。
 それは、敵も味方も平等に。

 その中を、嵐が通り過ぎるようにミスミ騎士長が剣を振るっていく。私の魔眼に影響を受けない、気という力は本当に戦場での私と相性がいい。

 その合間に、ミスミ騎士長が負う傷は、私の回復魔法であっという間に回復していく。

 その混乱の中を、一人の騎士様がこちらに向かって歩いてくる。

 ――――あ、兜を脱ぎ捨てて走り出した。

 こんな風に魔力が失われていく中で、魔力が物凄く高いあの人は、走るなんてできないはずなのに。

「――――捕まえました。旦那様」

 私は、屋敷から持ち出してきた魔力を抑える魔道具をその人の手首につける。
 こうすれば、私の魔眼の影響をそこまで受けないで済むはずだ。
 その条件なら、絶対に負けないと信じることができる。

「少しだけ待っていて……」

 回復魔法を使って、その体についた無数の傷を全て治癒した。
 今の私なら、ここにいるすべての人を癒すことだって可能だろう。
 それくらいの魔力が、この体に集まっている。

「旦那様。行く前に」

 今日も私は、唇を傷つけた。
 魔力を抑えられていても、魔道具の力を越える魔力を返すことはできる。

「ほら、こんなに返してあげたんですから。……あとは頼んだなんて二度と言わないでくださいね」

「――――わかった」

 その後の旦那様の英雄と呼ばれるような雄姿も、その後いったん両国で停戦の条約が結ばれたことも、私は知らない。

 さすがに、魔力を吸収しすぎた。それでも、まだこの場所には魔力が溢れている。

 回復魔法の光が、戦場を包み込む。それは、オーバーヒートしそうな体が、無意識に魔力を使おうと発散した光の渦だった。

「聖女の奇跡……」

 誰が最初に、その言葉を発したのだろうか。それは誰にもわからない。

 急激すぎる魔力の吸収と、体に負担がかかる回復魔法の異常な力での使用。

「あっ……」

 私の鼻からも口からも、ぼたぼたと血液が零れ落ちる。
 血管も、内臓も悲鳴を上げている。

 ――――こうなることは、わかっていたけど。さすがにすっごく、痛いのよね。

 そんなことを考えながら、私の意識は深い深海の底へと沈んでいった。
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