上 下
3 / 42
望まれない結婚ではないのですか。旦那様?

第三話 幼馴染と別離

しおりを挟む


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「アンナまって!」

「キース早く!」

 二人は走っていた。
 今日は、王国から来た魔術師に自分の持つ祝福や魔力を調べてもらえる15歳の記念日だった。

 子どもたちは、誰もがこの日を楽しみにしている。
 もちろん、大人としてようやく認められた私たちも、この日を心待ちにしていた。

「これから先、どんなことがあっても一緒にいよう」

 それが、大人になった誕生日に私にくれたキースの言葉だった。彼の瞳の色をした石がはまった腕輪とともに、大好きな幼馴染からそんな言葉を貰った私は嬉しくて、ボロボロ涙をこぼしながら何度もうなずいた。

 珍しい赤い瞳をしているけれど回復魔法が使える私と、だれよりも剣が得意なキース。
 田舎の村では、私たちが王都で出世し仲良し夫婦になるだろうとみんなが言っていた。

「キースは、すごい能力があったらどうするの?」

「そうだな。王都で騎士になるかな」

「素敵だね。キースならきっとなれるよ」

「――――ついて行くって、言ってくれないの?」

 私は、幼馴染の言葉に思わず笑ってしまった。

「ついて行くに決まっているでしょ? 傷ついた時はお得意の回復魔法で治してあげるから」

「ふふっ。でも、アンナは俺が傷ついた時にはいつも泣きながら回復魔法掛けるからな……。できるだけ怪我はしないようにしているんだけど」

 私は、頬が赤くなるのを止められなかった。
 どんなに、魔法が使えても、大好きな幼馴染が傷つく姿を見るのは、やっぱりつらくて悲しい。
 そんなの、キースが好きだと言っているようなものだ。

「じゃ……。傷つかないように約束してよね」

 ――――私は、やっぱりあなたが傷ついたり苦しむ姿は見たくないから。

 そんな、甘酸っぱい幼い初恋。それはいつか、幸せな未来を紡ぐはずだった。
 それぞれが、魔術師から自分の持つ能力について知らされるその瞬間までは。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 15歳のあの日。自分の忌まわしい能力を知った私は、逃げるように故郷をあとにしていた。

 魔術師からキースは膨大な魔力をその身に持つことを告げられて、魔力解除の儀式を受けた。
 剣が得意で魔力も膨大。王都の騎士になる試験も十分受かるだろうと言われて、それを聞いた私はわがことのように喜んだ。

 でも、戻ってきて私と目が合った瞬間、確かに幼馴染は嬉しそうに笑ってくれたのに、なぜかその時から急にひどく顔色が悪くなる。

 不審に思いながらも、私の順番が来たため後ろ髪引かれる思いで、私は魔術師がいる部屋に入っていった。

 入った瞬間、魔術師が声を荒くした。

「この呪われた瞳の少女を部屋から出せ!」

 ――――呪われた、瞳?

 確かに私の瞳は、赤くて珍しい。この村にも赤い瞳なんて一人しかいないから、いじめられることもあった。
 そんな時にも、いつもキースが年上の子にすら戦いを挑んでいつも助けてくれたけれど。

 別室に連れていかれた私に、騎士の一人が説明をしてくれた。

「アンナと言ったか。――――残念だが、君の瞳は魔力を持つ人間から魔力を奪ってしまう魔眼というものだ」

 ――――なるほど。だから魔術師は焦ったように強い口調で私を追い出したのね。

「魔力の無い人間には、何の害もない。この小さな村には、魔力を持っている人間がいないから、今まで気が付かれなかったんだね。ちなみに俺も魔力がない。だからアンナと普通に話をすることができるけど」

「そう……ですか」

 幸か不幸か、私が魔眼の持ち主であることは、小さな村にいたせいで今日まで気が付かれなかった。
 そこで私は、恐ろしい事実に行き当たる。

 ――――キースは、膨大な魔力を開花させた。

 血が出るほど強く手を握りしめ、私は騎士に質問をする。その答えはわかり切っているのに、それでも最後の希望をかけて聞かずにはいられなかった。

「……幼馴染のそばにいたら、どうなりますか」

「キースと言ったか。――――気の毒だけど」

 その言葉だけで、もう私の心はひび割れたみたいになってしまった。そのあとも、騎士は親切に私の魔眼について説明をしてくれた。

 魔力を吸い取ってしまう代わりに、吸い取った魔力を使って私の場合は強力な回復魔法を使うことができるとか、魔眼の持ち主は軍の魔法使いとして勤める決まりになっているとか。

 そんなこと、どうでも良かった。
 幼馴染の傍にいることができないなら、どんな恩恵があっても私には意味がないから。

「この話は……。もう誰かに伝わってしまいましたか」

「いや、国の重要機密の一つだ。まだ、誰の耳にも」

「お願いがあります。村を出るまででいいんです。私の恋人役をしてくれませんか」

「――――え?」

 騎士様は、その亜麻色の瞳を大きく見開いた。

「真実は誰にも知られずに、この村を出たいんです。お願いします。……何でもしますから」

 優しい騎士様は、ディル様という名前だった。

「何でもするとか、男に言ってはいけないからね? ……でも、どちらにしても国の決まりで君のことはこの村から王都へ連れて行かないといけないから……一芝居打つくらいはかまわない」

「ありがとう……ございます」

 その日私は、村人たちの前で「ディル様と恋人になりました!」と無邪気な笑顔を装って宣言した。村人たちは騒然としていたけれど、その中でもキースは特に悄然とした様子で私に詰め寄ってきた。

「どうして! 俺とずっと一緒にいるって言ったのに」

「ディル様に一目ぼれしてしまったの。ディル様も私が好きだって。私この人と結婚するわ」

「――――アンナ」

 絶望したような表情のキースから目を背ける。あまり彼を見つめるのは良くないだろう。大好きだった、金色のその目を見ることができないのがとても悲しいけれど。

「――――行きましょう。こんな貧乏な村にもう用はないわ」

 荷物もほとんど持っていく必要はなかった。それに、去年私の両親は流行病でいなくなった。
 家族ぐるみで仲の良かったキースの両親にお世話になりながら、私は回復魔法を日々の生活の糧にしていた。

 軍所属の魔法使いの生活は、国に保証される。
 それでも、一つだけどうしても置いていけないものがあった。

 それは、キースから貰ったキースの瞳の色をした石がはめ込まれた腕輪。
 それだけを腕にはめて、私は生まれ育った故郷を後にした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

破滅フラグから逃げたくて引きこもり聖女になったのに「たぶんこれも破滅ルートですよね?」

氷雨そら
恋愛
「どうしてよりによって、18歳で破滅する悪役令嬢に生まれてしまったのかしら」  こうなったら引きこもってフラグ回避に全力を尽くす!  そう決意したリアナは、聖女候補という肩書きを使って世界樹の塔に引きこもっていた。そしていつしか、聖女と呼ばれるように……。  うまくいっていると思っていたのに、呪いに倒れた聖騎士様を見過ごすことができなくて肩代わりしたのは「18歳までしか生きられない呪い」  これまさか、悪役令嬢の隠し破滅フラグ?!  18歳の破滅ルートに足を踏み入れてしまった悪役令嬢が聖騎士と攻略対象のはずの兄に溺愛されるところから物語は動き出す。 小説家になろうにも掲載しています。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

処理中です...