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望まれない結婚ではないのですか。旦那様?

第二話 逃がしてくれませんか。旦那様?

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 答えを待つ間、訪れた静寂は息をするのも忘れてしまうくらい重苦しかった。

「ふ……。ははっ」

「旦那様?」

「ルティア、どこまで俺の心を弄べば気がすむんだ」

「――――旦那様。では、どうか東の離れに」

 それが良い。だって、もう一つの選択肢が叶わなければ、私はただ、リーフェン公爵から魔力を奪うだけで本当に足かせでしかいられないのだから。

「そんなの、許さない」

「旦那様!」

「――――ルティア、妻をそんな場所に閉じ込めたとうわさが流れれば、俺の立場がない」

 それは事実だ。私と居れば、魔眼のせいで魔力が奪われていく。私を閉じ込めれば、王家から降嫁した姫に非道な扱いをしていると非難を受けることを免れない。

 どちらにしても、リーフェン公爵の力を削ぎたい貴族たちにとっては都合のいい展開だ。

「……そう、ですよね。ごめんなさい。では、せめて違う部屋に」

 魔眼を持つ人間は、近くにいるだけでも魔力を相手から吸い取ってしまう。
 でも、その瞳を見なければ、その影響は最小限に出来る。

「それもできない……」

「――――旦那様っ。どうしてですか」

 結婚しても、貴族社会ではそんな形だけの夫婦はたくさんいる。
 私は、おとなしくしているつもりだ。
 最低限、足かせにならずに生きていければそれ以上を望まない。

「どうして俺の前にまた現れたりしたんだ」

「――――ごめんなさい。旦那様」

 私だって、降嫁先がまさかあなただなんて思わなかった。
 誰にも迷惑をかけずに生きていきたいと願っていただけだったのに。

 今も昔も、真面目で真っすぐで、好ましい。
 その性質が全く変わってないことに、とても安心すると同時に、とても不安になる。
 だって、幼馴染はいつも私を守るためには自分が傷つくことをいとわなかった。

「……旦那様、迷惑をかけたくはありません。私のことを妻として愛することができないなら、どうかせめて私に違う部屋を……」

「――――この話はこれで終わりだ」

「旦那様」

「俺と一緒に寝るのが嫌なら、そちらのソファーで寝る。ルティアはベッドでゆっくり休めばいい」

 結局、幼馴染だったころと同じように、リーフェン公爵は今も変わらず私に優しい。
 それが、私の心を逆に凍り付かせてしまうなんて知らないから。

「いえ、それでは旦那様がちゃんと休めないではないですか」

「――――なんだ、俺のこと心配でもしているみたいな言葉だな?」

「――――っ! 心配するに決まってます。しなかったことなんて一度も」

 思わず出てしまった私の言葉に、リーフェン公爵はひどく傷ついたような顔をした。私は、口元を思わず押さえたけれども、出てしまった言葉を戻すことはもうできなかった。

「……一度も?」

 自嘲と、悲しみがごちゃまぜになったような顔のまま、リーフェン公爵は私の傍ににじり寄ってきた。私は、その美しい金色の瞳を見ることができなくて、思わず下を向く。

 お互いの息遣いまではっきりわかるくらい近くに、リーフェン公爵の顔が近づいた。

「一度もって言った……?」

 私の肩を大きな手が掴んだ。痛いほどに強いその力。
 熱をはらんだその瞳は、少しだけ潤んでいて。あと少しで、涙がこぼれそうに見えた。

「それを聞いて、どうするんですか? 私のこと、妻として愛してくれるならいくらでも言ってあげられますよ?」

 本当は何度でも言いたい。あなたのことを、心配しなかったことは一瞬だってなかったって。
 でも、私がそばにいたら、あなたの魔力を奪ってしまう。そうならないためには、三つの方法しかない。

 あなたと幼馴染で、大好きだったあの頃の私は、一つの方法しか知らなかった。そして、死の直前に残りの二つを知った。

 だから私は、あなたがもう私のことを追いかけてくることがないように、あなたのことを手ひどく裏切ったのだから。

「期待なんて、もうしたくない。でも、一度手放してしまえば、あの時のように……君は」

「え……?」

「俺にはたいして選択肢がないんだよ。ルティア」

「何を言っているんですか……」

 確かに魔眼の姫を妻にせざるを得ない立場のリーフェン公爵には、たいした選択肢はないに違いないけれど。でも、離れて暮らしてその被害を最小限にすることに、妻は納得している。

 ――――どうしてその選択肢を選ばないの。

 リーフェン公爵の顔色が悪い。息遣いも苦しそうだ。
 私と見つめ合いすぎたせいだろう。魔力が多ければ多いほど、私から受ける影響は大きい。

 ――――だから、別の部屋にして欲しいって言ったのに。

「しかたない、ですね? あとで怒ってもいいですから」

 私は、自分の唇を噛んで傷つけるとリーフェン公爵の唇へと寄せた。自分の血を触媒にした回復魔法の応用だ。たとえ、すべての条件が整っていないとしても、少しはこれで魔力を戻すことができるだろうから。

「ルティア……」

 突き飛ばされる覚悟だったのに、リーフェン公爵はその瞳を閉じると、私の後頭部を抑えてもっと深く口づけをしてきた。

「う……んっ?」

 魔力を戻すためには、集中力が必要なのに、困ったことになかなか集中できない。
 だって、好きな人とのキスなんて幸せで、そちらに心が連れていかれてしまうに決まっている。

 なんとか、半分くらいの魔力を戻すのに成功した私は、眠りの魔術をリーフェン公爵にかけた。眠っている相手には、私の魔眼の力は及ばないから。

 ゆっくりとベッドに沈み込む、リーフェン公爵の体。

「――――おいて、いかないで」

 最後につぶやいた、リーフェン公爵の言葉は、私の心を握りつぶしてしまうように思えた。
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