上 下
75 / 77

聖女、運命と役割 4

しおりを挟む

 室内訪れる沈黙。
 カチャリと小さくカップを置く音が響き渡る。

「……つまり、お互い様なので聞かせてください」
「シルビア様……」

 シルビアは無邪気ではあるが、人の気持ちが分からないわけではない。アンの恋心に踏み込んだのも、ただその心の負担を除くためだ。

「……ありがとうございます。シルビア様のお母上は聖女に仕える神官、そしてお父上は騎士だったそうです」
「……神官と騎士」

 シルビアは、父と母について何も知らない。
 けれど、最近夢に見るのだ。
 微笑んでいる母と、シルビアを抱き上げる父の大きな手を。

「……聖女の力が、次世代に受け継がれるとき、先代の聖女はその力を失います。その時期は、誰も知らない」
「……それは」
「そして、その原理は隣国で永きにわたり研究されていたようなのです」
「では、公爵家令嬢に聖女の印が現れたのは……」

 そう、想像通り、シルビアの印、そして魔力は奪われたのだ。

「けれど、妨害に遭い、公爵家令嬢は聖女としての力を完全に奪うことは出来なかったようです。……聖女の印は消えず、魔力はほとんどなくても精霊からの加護はシルビア様のものだった。殺してしまうと、聖女の力は消えてしまうから」
「生かされて、いたのですね。でも、妨害とは?」

 シルビアの質問に、アンは少しだけ肩を震わせた。
 それだけで、その妨害をした人物たちが誰なのか、シルビアにも察することが出来た。

「お父さんと、お母さんですね……」
「そうです。聖女と力を奪う儀式は、あとはシルビア様を殺せば完成しました。けれど、一人の神官が命を捧げて魔法を壊し、一人の騎士が命を捨て本当の聖女を守った」

 あの時、シルビアを守ってくれた背中と、向けられた微笑みは実際に起こった出来事だった。
 ポタリ、とほんの少し残された紅茶に涙が落ちて波紋が広がる。

「そうでしたか」

 愛されていたことには、気がついていた。
 守られていたことにも。

「でも、私は守ってもらったのに、何も出来ていません」

 そんなことはない、とアンは思う。
 シルビアの作り上げた魔法薬で多くの人が救われた。そして、きっとこれからも救われる。

 少なくとも、アンは救われている。
 それは、ディグノもライナスも同じだろう。

「不敬かもしれませんが、運命の荒波の中では、聖女様も小さな1枚の葉でしかないのでしょう」
「え?」
「出来ることは少なく、それでも懸命に足掻く、それだけの存在なのだと思います」
「アンさん……」
「それに、シルビア様、あなたは私がなくしてしまった、妹によく似ているんです」
「……妹さんに?」
「そう、私が暗部に所属した理由で、もう取り戻すことが出来ない唯一の家族。……だから私は、シルビア様を守りたい。今度こそ」

 そう言ってアンは、静かに微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす

みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み) R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。 “巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について” “モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語” に続く続編となります。 色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。 ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。 そして、そこで知った真実とは? やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。 相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。 宜しくお願いします。

人間嫌いの熊獣人さんは意外と優しい 〜病院で一生を過ごした少女は健康に生まれ変わってもふもふに会いに行きます!

花野はる
恋愛
生まれつき病弱で、一生のほとんどを病院で過ごした舞は二十歳の誕生日を前に天に召された。 ......はずだったが、白いお髭のおじいさんが出て来て「お前の一生は可哀想だったから、次の生ではお前の望みを叶えてやろう」と言う。 そこで舞は「健康な身体になりたい」と、好きだったファンタジー小説の中の存在である「もふもふの獣人さんに会いたい」の二つを願った。 そして気づけば舞は異世界にいたのだが、望んでいた獣人たちは、人間の「奴隷」として存在していた。 そこで舞は、普通の獣人とは違うフルフェイスの熊の獣人と出会って、一緒に暮らすことになる。

召喚から外れたら、もふもふになりました?

みん
恋愛
私の名前は望月杏子。家が隣だと言う事で幼馴染みの梶原陽真とは腐れ縁で、高校も同じ。しかも、モテる。そんな陽真と仲が良い?と言うだけで目をつけられた私。 今日も女子達に嫌味を言われながら一緒に帰る事に。 すると、帰り道の途中で、私達の足下が光り出し、慌てる陽真に名前を呼ばれたが、間に居た子に突き飛ばされて─。 気が付いたら、1人、どこかの森の中に居た。しかも──もふもふになっていた!? 他視点による話もあります。 ❋今作品も、ゆるふわ設定となっております。独自の設定もあります。 メンタルも豆腐並みなので、軽い気持ちで読んで下さい❋

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

竜王陛下の番……の妹様は、隣国で溺愛される

夕立悠理
恋愛
誰か。誰でもいいの。──わたしを、愛して。 物心着いた時から、アオリに与えられるもの全てが姉のお下がりだった。それでも良かった。家族はアオリを愛していると信じていたから。 けれど姉のスカーレットがこの国の竜王陛下である、レナルドに見初められて全てが変わる。誰も、アオリの名前を呼ぶものがいなくなったのだ。みんな、妹様、とアオリを呼ぶ。孤独に耐えかねたアオリは、隣国へと旅にでることにした。──そこで、自分の本当の運命が待っているとも、知らずに。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...