71 / 77
女性将校と大聖女 3
しおりを挟む口の中が苦いのは、お茶の後味のせいなのか、それとも……。
アンは、知らずに汗をかいた手のひらを強く握りしめる。
「シルビアちゃんの母は、ガロン王国の神殿の神官だった……。シルビアそっくりで、天真爛漫で誰にも慈愛の心を持っていた」
長老様は、語る。
それは、一組の夫婦の幸せと、破滅と、希望の物語だった。
* * *
「……さて、これで年寄りの話は終わりだ」
「つまり……。シルビア様のお父上とお母上は」
「ああ、シルビアちゃんのために命を落とした。本来であれば、聖女の印、それだけではなくシルビアちゃんの力全てを奪おうとしたのだろう。だが、二人に阻まれて完全に奪うことは出来なかった」
「……シルビア様から、聖女の印を奪った公爵家令嬢は」
何でもないように、目の前のお茶を口にして、長老様は、口を開く。
「……大聖女になれず、精霊の加護も聖女の印も、元から持つ魔力さえ、全て奪われたものは、死ぬ」
「……そうですか。シルビア様が生き延びたのは」
「シルビアちゃんは、魔力のほとんどと、聖女の印の一部を奪われたが、精霊の加護とその命は、両親が命がけで守った。今、印の一部は隣国の姫が持ち、シルビアちゃんの魔力と精霊の加護を奪おうとしているのだろう」
黙ったままアンは、もう一杯入れられてしまった苦いお茶を一息に飲んだ。
愛し合い、幸せに過ごすはずだった、元神官の女性と年若い平民上がりの騎士。
二人の間に生まれた子どもは、三歳になった日、左肩に聖女の印を授けられる。
泣く泣く彼女を神殿に預けた二人。
しかし、シルビアの力は公爵家の姫に奪われる。
娘を助けるために助けるために、二人は……。
「……話してくださって、ありがとうございます。ところで、ローランド王国にご一緒しませんか?」
「……聖女が離れ、大聖女までいなくなれば、この国の加護は全て消えてしまうだろう。貴族や王家は腐っていたが、この国は大切な場所だからね。いつか、二人に渡す日までは、守ってみせるさ」
「二人、とは……」
「……さて、年寄りなのに魔力と加護を使いすぎたようだ。寝ようかね」
長老様は、アンから視線を逸らす。
これ以上聞き出すことは、出来ないのだとアンは察する。
「……それでは、失礼致します」
「あ、そうそう。これだけは伝えておこうか」
「……? 何でしょうか」
ニヤリとその口が、楽しそうにゆがんだのを見て、アンはこの場からすぐに逃げ出したいと思う。
理由は分からないが、聞いてはいけない気がする。
「…………アン、守れなくてすまない。本当は、ずっと君を守りたかった」
「えっ!?」
「ディグノ様……。あなたに救われたあの日から、お慕いし、守りたいと」
「えっ!? ま、まさか!」
「アン、俺は君を愛し……」
「わ、わあああ!」
「……何てね。神託で見た悲劇の恋人たちの物語など、変わってしまった今となっては、意味のないことか」
今度こそ背を向けた長老様。
一度、自覚してしまった恋心というものから、目を背けるなんて人には出来ない。
「ふむ。老婆心から少々余計なことをしたかな?」
深くフードを被り、気配を消して走り去る後ろ姿を、長老様は、見送ったのだった。
12
お気に入りに追加
2,710
あなたにおすすめの小説
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす
みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み)
R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。
“巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について”
“モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語”
に続く続編となります。
色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。
ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。
そして、そこで知った真実とは?
やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。
相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。
宜しくお願いします。
人間嫌いの熊獣人さんは意外と優しい 〜病院で一生を過ごした少女は健康に生まれ変わってもふもふに会いに行きます!
花野はる
恋愛
生まれつき病弱で、一生のほとんどを病院で過ごした舞は二十歳の誕生日を前に天に召された。
......はずだったが、白いお髭のおじいさんが出て来て「お前の一生は可哀想だったから、次の生ではお前の望みを叶えてやろう」と言う。
そこで舞は「健康な身体になりたい」と、好きだったファンタジー小説の中の存在である「もふもふの獣人さんに会いたい」の二つを願った。
そして気づけば舞は異世界にいたのだが、望んでいた獣人たちは、人間の「奴隷」として存在していた。
そこで舞は、普通の獣人とは違うフルフェイスの熊の獣人と出会って、一緒に暮らすことになる。
召喚から外れたら、もふもふになりました?
みん
恋愛
私の名前は望月杏子。家が隣だと言う事で幼馴染みの梶原陽真とは腐れ縁で、高校も同じ。しかも、モテる。そんな陽真と仲が良い?と言うだけで目をつけられた私。
今日も女子達に嫌味を言われながら一緒に帰る事に。
すると、帰り道の途中で、私達の足下が光り出し、慌てる陽真に名前を呼ばれたが、間に居た子に突き飛ばされて─。
気が付いたら、1人、どこかの森の中に居た。しかも──もふもふになっていた!?
他視点による話もあります。
❋今作品も、ゆるふわ設定となっております。独自の設定もあります。
メンタルも豆腐並みなので、軽い気持ちで読んで下さい❋
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
竜王陛下の番……の妹様は、隣国で溺愛される
夕立悠理
恋愛
誰か。誰でもいいの。──わたしを、愛して。
物心着いた時から、アオリに与えられるもの全てが姉のお下がりだった。それでも良かった。家族はアオリを愛していると信じていたから。
けれど姉のスカーレットがこの国の竜王陛下である、レナルドに見初められて全てが変わる。誰も、アオリの名前を呼ぶものがいなくなったのだ。みんな、妹様、とアオリを呼ぶ。孤独に耐えかねたアオリは、隣国へと旅にでることにした。──そこで、自分の本当の運命が待っているとも、知らずに。
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる