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女性将校と大聖女 1
しおりを挟むふわり、と体重もなく木の枝を飛び越えて影から影へと移る。
その姿は、誰の目にも見えないだろう。
狼閣下として英雄と謳われるライナスですら、その気になって探さなければ、その姿を見つけられないのだから。
「……もうすぐ」
ふわり、と木の枝から飛び降りれば、その姿は一瞬のうちに旅装束に身を包んだ、行商人の女性へと変わる。
短剣を身につけているのは、旅をする場合当然のことなのだから、誰も見とがめたりしない。
そして、いざとなればライナスから受け取った、ローランド王の直筆サインが入った身分証明書がある。
「……近づいてきている」
前回、ガロン王国に足を踏み入れたとき、本音を言えばアン・ルティルトは、すぐにローランド王国に帰りたいと思った。
それほど、この国の気配は薄汚れていた。
今はあの時に比べて、格段に暗い気配は薄くなった。しかし、希望のように小さくても清らかに輝いていた気配はここにもうない。
それも当然だろう。聖女シルビアは、今はローランド王国にいるのだから。
「……それで、意地悪をしないで出てきていただけませんか?」
これはひとりごとではない。
大きく、清浄で、貫禄があり、シルビアのものよりずいぶん落ち着いた気配。
それは、アンのすぐ隣から感じる。
「おやおや、この子もずいぶんと優秀だねぇ」
「この子、とは」
「私にとってみれば、ライナス殿下も、シルビアちゃんも、アン少将も可愛い孫のようなものさ」
探そうとしていた気配が、なぜか自ら近づいていることに、少し前からアンは気がついていた。
けれど、あんなに探したときには見つけられなかったのに、なぜ今、という思いも拭い去れない。
「そんな顔をしなくてもいいだろう? 物事には、ふさわしい時、というものがあるんだ。それにしても、よく生き残ったね」
「……大聖女様は、どこまでご存じなのですか」
「若かりし頃に視た神託。それを思い出しては話しているだけさ。まあ、私は聖女を名乗って長い。シルビアちゃんは、まだまだ聖女と言っても卵だからね」
「……」
シルビアの力は、現在だってひれ伏したくなるほど強大だ。
けれど、それを卵と言ってのける大聖女。
それは、嘘ではないと分かるからこそ、アンの背筋は粟立つ。
「……まあ、と言っても、今は聖女の印もない。シルビアちゃんと戦ったら、勝てるかは五分五分だろうねぇ」
「……それは」
「おや、そんな目で。ずいぶんと、シルビアちゃんを慕っているのだね。……だからこそ、あの結末を迎えるはずだったのに」
結末とは、もちろん先日の大けがのことだろう。
アンもディグノも、シルビアが連れてきたラージがいなければ、治癒魔法も間に合わずに命を落としていたに違いない。
「行こうか、聞きたいことがあるのだろう?」
スタスタと歩いて行く後ろ姿は、無駄が一切ない。
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少し駆け足で、アンはその背中を追いかけたのだった。
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