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聖女と薔薇の薬 4
しおりを挟むほんの短い逢瀬のあと、ライナスは馬車で王宮へと向かっていた。
『忙しい最中に、作業の手を止めて屋敷に戻るなんて効率が悪い』
シルビアに出会う前は、それが正しいと思っていたし、実際にそのように行動していた。
屋敷に何日も、それこそ何週間も帰らないなんて、日常茶飯事だった。
今、それを強要されたなら、逃げたしたくなるかもしれない。
「……人とは変われば変わるものなのだな」
そう、誰かに心奪われて、気がつけば会いたい、と考えてしまっているなど、以前のライナスであれば、想像することも出来なかっただろう。
ましてや、相手に純粋な好意を向けられること、そしてそれが真実と信じることなど、決してなかったはずだ。
「……シルビア」
その名を声に出してしまえば、今すぐに、今来た道を戻るように御者に命令したくなる。
重症だ、とそんな自分のことを鼻で笑いたくもなるが、今の状況が以前よりも幸せなのだと思ってもいる。
「それにしても、これは」
先ほどから、ライナスが手にしているのは、何の変哲もない小瓶だ。
そう、中身をのぞけばごく普通の小瓶でしかない。
そっと上の方を指先で掴んで揺らせば、小瓶の中で、とろみがある液体が、トプンッと波打つ。
その色は紫色で、角度によっては毒々しいピンク色にも見える。
どう考えても飲用には見えないそれは、もちろんシルビア特製だ。
『ライナス様、私の力が及ばない場面で必要になったなら、この薬を飲んでください』
玄関先で、シルビアはまっすぐにライナスを見つめながらそう言った。
「この薬があれば、シルビアがいなくても人の姿に戻れるだろうし、魔法を使っても狼になることはない」
しかし、瓶の中に揺れる液体は、ごく少量。その量はたった一回分だ。
「そうそう使うわけにもいかないな」
使う場面を想像して、ライナスはほんの一瞬寒気を感じる。
シルビアの力が及ばない場面でその薬をあおるのだとすれば、そのとき彼女はどこで何をしているのだろうか、と。
「……この身全ては、忠誠を誓った国と民のために使おうと思っていたのに」
もし、そのときにシルビアの安全が秤にかけられたなら、正しいと信じてきた選択など出来ないだろう。
ガタンッと馬車が止まり、既に王宮に着いたことを知る。
見上げた高い尖塔を前に、ライナスは気持ちを切り替えることにした。
ポケットから大切そうに取り出したハンカチには、不格好なスミレの花が刺繍されている。
シルビアが練習中だという、刺繍。「上手くなったらライナス様に差し上げたいのです」と言っていたらしい。
つまり、本来であればもらえていないのだが、執事のスティーブから半ば奪うように譲り受けた。
「上手い下手ではないと、どうすれば伝わるかな」
少しだけ苦笑めいたつぶやきとともに、そのハンカチで包んだ小瓶をライナスはポケットに大切にしまい込んだのだった。
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