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聖女と薔薇の薬 2

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「出来上がりました……。まさか、ここで精霊が愛する薔薇に出会えるとは」

 額の汗を拭ったシルビアが、満足げに何度も頷く。
 先ほどまでなみなみと液体で満たされていた鍋には、ほんの少しの液体が残るだけだ。
 その液体を小さなさじですくい上げては、小瓶に詰めていく。

「これさえあれば」

 小瓶を大事そうに抱えたシルビアは、部屋の端にある小さなソファに座り込んだ。
 明らかに魔力を大量に消費しているが、眠り込んでしまうまでは至らないようだ。
 その様子を見ていたラージが、そっと部屋から抜け出して、ケーキと紅茶が乗ったトレイを持って戻ってくる。

「聖女様、こちらをどうぞ……」
「ありがとうございます。ベルロンドさん」
「お安いご用です」

 アンがいてくれたなら、きっと同じようにしてくれただろう。
 紅茶の味も、アンが入れてくれるものに近い。

「おいしいです。紅茶を入れるのが上手なのですね」
「渡された巻物通りにしているだけですよ。……それに、上官の命令は絶対です」

 ――――上官の命令は絶対。

 その言葉を呟いた瞬間、ラージの瞳から光が失われたのを見てシルビアはそっと視線をそらす。
 確かに、ラージを連れてきたのはシルビアであり、彼は想像以上の働きをしてくれた。

 ラージは、ライナスの部下として骨身を削って働いてくれている。
 自由気ままで掃除ばかりで平和な、神官生活と引き換えに彼が手にしたものは、あるのだろうか。

「あの、ベルロンドさん」
「何でしょうか、聖女様」

 鳶色の瞳を細めて笑う姿は、とても優しげで、どちらかというと可愛らしい。
 神官だけをしていたときは、頼りない印象が先立ったが、過酷な訓練をこなしているせいか、少しずつ自信をつけてきている印象を受ける。

「――――ベルロンドさんは、後悔していませんか?」
「……何をですか?」
「私にあの日、ついてきたことを」
「これっぽっちも、後悔していませんよ」

 いつも、曖昧な物言いが多いラージは、今回ばかりはハッキリと言い切った。
 そのことが意外に思えて、シルビアは紫色の瞳を瞬く。

「精霊は存在することが分かりましたし……」
「そうですね。精霊は見えなくてもいるのでしょう」
「仲間が出来ました」
「……そうですか」

 仲間の大切さは、シルビア自身が誰よりも強く実感している。
 長老様しかそばにいなかった日々。
 波乱ばかりだとしても、そのことのなんと心強いことか。

「神殿に帰りたいとは……」
「ま、待ってください!!」
「え?」
「解雇ですか!? 何か、気がつかないうちに問題を起こしましたか? ま、まさか、訓練であまりにできが悪いから、そのことで……。いや、それとも聖女様の身の回りの手伝いが十分出来ていない。そ、それとも、治癒魔法をかけ続けて、先日倒れたなんて軟弱だと……」

 シルビアは、絶句した。

 ラージは、自信がないそぶりをしているが、過酷なローランド軍の精鋭たちの訓練に身体強化を使いながらなんとか頑張ってついていっていると聞いている。
 アンから渡された巻物を見ながら、ライナスの屋敷での仕事をほぼ完璧にこなし、執事のスティーブに感心されていた。
 魔獣討伐を終えて傷ついた兵たちに、倒れるまで治癒魔法を使い助けたことは陛下の耳にも入り、近くお褒めの言葉を賜ることが内定している、とライナスが言っていた。

「あれ? 酷使されすぎなのでは……」
「……一人前の兵になるまで、俺は虫以下です」
「えっ?」
「眠る時間も惜しんで鍛え続けます」
「――――まさか、ハイエル様が」

 ディグノが鬼教官と言われるのは、見込みのある兵限定だと聞いたことがある。
 つまり、ラージは見込みがあると認められたのだろう。
 そして、一人前になるまでに、そんなに時間はかからないような気がした。

「………………ケーキと紅茶、一緒にいかがですか?」

 お詫びの気持ちというか、巻き込んでしまったという気持ちが否めないシルビア。
 
「……そういうわけには」
「えっと、私の気持ちが収まりませんので!」
「そこまで仰るのなら、少しだけ」

 ベルを鳴らせば、心得たように、執事のスティーブが追加のケーキと紅茶を用意してくれる。
 そしてなぜかテーブルには、三人分の紅茶とお菓子が用意された。
 扉が開いて、忙しいはずのライナスが、少し不機嫌な様子で入ってきて、席に着く。

「……さて、ご相伴にあずかるか」

 シルビアは気がついていないが、間違いなくライナスは、二人の間に割り込んできたに相違あるまい。
 逆に恐縮してしまったラージに、申し訳ないな、と思いながら口にした王都の有名店の新作ケーキは、信じられないほどおいしくて、シルビアはその日ついつい三個も食べてしまったのだった。
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