最下層暮らしの聖女ですが、狼閣下の契約妻を拝命しました。

氷雨そら

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聖女と薔薇の薬 1

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 ポプリを作る作業の途中、紫色からピンク色に変化する花弁を見つけておもむろにむしり取る。
 後ろで作業を見学していたラージが息を呑むのが分かったが、構うことなくポプリ作りの傍ら、ぐらぐらと湯が沸いている大鍋にそれを放り込む。

「――――それから」

 いつの間にか、ポプリ作りは中断して、材料を取りに走っていったシルビア。
 たくさんの薬草を持ってきて、大きな菜切り包丁で刻み、再び大鍋にそれを投げ入れる。

「ふむふむ」

 大鍋の液体の色が、毒々しい紫色に変わり、粘性が高くなっていく。
 混ぜるのに力が必要なのだろう。シルビアが無意識に身体強化魔法を使ったことがラージには見て取れた。

「……ポプリ作りの手伝いではなかったのかな?」

 呟くラージ、そのすぐ隣の扉が開いてライナスが顔を出す。
 鼻のよいライナスは、クンクンと二回鼻を動かした後に、明らかに鼻の上に皺を寄せる。

「なあ……」
「なんでしょうか、王弟殿下」
「……王弟殿下という呼び方を部下にされるのは好まない」
「では、なんとお呼びすれば?」

 鼻を少し押さえながらライナスは「閣下とでも呼ぶといい」と掠れた声で呟いた。
 
「分かりました。ところで、ご質問があったのでは? 閣下」
「……ああ。ポプリ作りをすると意気込んでいたように思ったのだが」
「……花弁の一枚が、不思議な色をしていまして。それを見た途端に急に」
「そうか……。神官でも分からないか?」
「こういうときだけ神官扱いをするのですね……。でも、そうですね。他と違うものは、精霊が好みますから」

 そう、隣にいる狼閣下など、その典型だろう。
 脳裏に浮かんだことをラージは声に出すことなく呑み込む。

 精霊に愛されているのは、聖女や神官であると思われがちだが、それは違う。
 聖女や神官は、精霊に愛されているものに仕えるのだ。
 なんとなく最近そう思うようになったラージ。

 それはシルビアの影響なのだろうか……。

「何ができあがるか分からないが、あまりに濃厚な甘さにこの部屋にいるのは辛いな……」
「閣下は鼻がいいですからね……。見守っております」
「――――見とれるなよ」
「分かりやすく俺なんかに嫉妬するのは止めてください」

 金色の瞳に剣呑な光が宿ったのを見てラージは、背中に冷や汗をかく。
 最近ディグノに課せられている過酷な訓練で何回か感じた命の危険。
 それが、真横にあると言うのはなんとも嫌な気分だ。

「――――失礼する」
「はい」
「――――しかし、少し見なかっただけで、ずいぶんと自信を持ったようだ」
「え? なんですか?」
「……なんでもない」

 去って行くライナスの背中を見送って、そっと閉めたドア。
 そのまま、窓際に行き大きく窓を開く。
 このままでは、鼻のよいライナスでなくとも、不思議なほど強く立ちこめ始めた薔薇の香りでむせかえりそうだ。

「……聖女様。本気で魔力を込めているな……。本当に何が出来るんだろう」

 シルビアが、金色の魔力を本気で込め始めれば、鍋の中の液体はいよいよ大きく泡立ち始める。
 おそらく、王国に必要な薬が完成するのだろう。ラージはそう思うことにした。
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