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薔薇の花と聖女 4

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 * * *

「……これは」

 ディグノとアンは、薄暗い地下へと向かい降りていく。

「何かあるのか、ルティルト少将」
「ええ、明らかに不浄な気配に満たされています」

 魔法は使えないが、魔力を察知できるアンに対し、ディグノは魔法は使えても魔力の察知は得意ではない。
 故に、二人は作戦において共に行動することが多い。

「……気配、か。ルティルト少将が魔力を察知するのは、どちらかというと、閣下の感覚に近いのだな」
「ええ、魔法が使えませんので」
「東の国に生まれたということと関係あるのか?」
「……そうですね。あの国は」

 普段は、あまりお互いのことを話したりしない二人。だが、おそらく今聞いておかなければという妙な焦りをディグノは感じていた。そしてそれはもちろん、アンも同じだろう。

「……閣下に知らせてくる役目を」
「断ります。その役目がどうしても必要なのであれば、ハイエル殿が果たせばよいでしょう」
「……それは出来ない」

 近づけば近づくほどに、先ほどアンが言っていた気配は、ディグノでもわかるほどに強くなっていく。

「はぁ。……生き残れるか?」
「本気を出したライナス様ほど強くはないでしょう」
「……そうか。かすり傷くらいは与えたいな」
「弱気な男は嫌いですよ」
「それは耳に痛い」

 辛口を叩き合い、二人が飛び込んだのは、ライナスが捕えられていた石牢だ。
 この場所が、神殿の地下に繋がっていることをすでにアンもディグノも耳にしている。

「……なぜ、禍々しいのに、こんなにも似ている」
「何に似てるかなんて、聞きたくないが、予想はついた」

 そこには、黒い髪と瞳の少女が一人いた。
 大きく肩を出した黒いドレス。
 その左肩には、赤い薔薇の印が咲いている。

「あら、ライナス様と、聖女ではないのね」
「……姫君、どうしてこちらに」
「決まっているわ。この場所で、待っているの」

 微笑んだ笑顔は、身の毛がよだつほど美しく恐ろしく、ある意味醜悪だ。
 そう、まるで魔女が実在するのなら、こんな姿をしているのに違いない。

「あなたたちでは相手にならないわ。でも」

 大国との関係、あるいはライナスや国王陛下の立場、考えればキリがない。

「アン……」
「その判断は、間違っていないと思います」
「そうか」

 剣を鞘から引き抜いて、走り出したディグノと気配を消したアン。
 しかし、ディグノの剣は、床に当たって火花を散らしただけだ。そして、背後に回ったはずのアンの短剣も宙を切る。

「がはっ」
「ハイエル殿!」

 ふわりと再び現れたフィーラの姫ルペル。
 まるで体重がないかのようなその蹴りは、ハイエルをあの時シルビアが開けた穴の近くまで吹き飛ばす。

「アン、逃げろ……」
「出来ません」
「命令だ」

 口から吐き出した液体は、赤い色をしている。
 もう一度、ディグノは魔力をまとわせた剣を構えた。しかし、ルペルが見ているのが自分ではなく、アンであることに眉根を寄せ、駆け出す。

「……ハイエル殿!」
「ゴホ、こんな時までその呼び方か」

 アンを突き飛ばしたディグノを貫いたのは、地面から生まれた巨大な魔法の槍。
 そしてその光景を見たまま動けないアンも背中から、剣に貫かれる。

「うわぁ……。昨日の治癒中も思いましたが、王弟殿下の部下たちは、血を流さずにはいられないのですか?」

 長距離をは知ってきたのだろう、少々息が切れたライナスとケロッとしたラージ。
 その対比に、半ば意識をもうろうとさせながら、ディグノは目を見開いた。

「うわっ! 可愛いのに妙に迫力あるこの方は誰ですか!? こっち見ないで下さい! 俺は戦闘力ゼロなので!! 王弟殿下! やってしまってください」
「……はあ、言われなくとも」

 ライナスが向かった先、ニコリと天使のように笑ったルペル。

「神託にそちらの男の人は、いなかったはずなのに」
「黙れ!」
「聖女シルビアは間に合わず、ライナス様は、二人の部下を永遠に失うはずだったのに、なぜ?」

 チラリとラージを見つめて、魔法を放とうとしたルペル。
 しかし、ライナスの剣が振り下ろされるのを見ると、小さくため息をつく。

「また今度」

 剣をしまい、二人の元に駆けつけたライナスが、眉を寄せる。

「こっ、こんな傷、いくらなんでも」

 淡いグリーンの光は美しく、ラージの魔力が高いことを示しているようだ。
 しかし、治癒したそばから傷は広がり、時間稼ぎにしかならないことを伝える。

「うっ、うう!」
「……ラージ・ベルロンド。お前は才能がある」
「やっ、やめてくださいよ! 新米としか呼ばなかったくせに、急に名前呼ぶの!」
「閣下と聖女様のお力に」

 全力で能力以上の魔法を使い続けることは、時に術者の命を削り奪う。
 そうならないため、通常は過度な魔法を使う前に眠りに落ちる。

「嫌だ!」

 ラージが、体を大きく揺らしながら、強く手の甲を噛む。そこから一筋の血が流れ、ラージは鳶色の瞳をもう一度大きく見開いた。

「……さすがですね」
「聖女様」

 金色の光が、周囲を包み込む。
 その光景は、荘厳で、人知を超えているとラージは思う。

「それ、俺にも出来ますか」
「死ぬほどの鍛錬しだいで出来るかもしれません」
「そうですか……。死ぬほどは、嫌です」

 ラージが目覚めるのは、一週間後だ。直後からの過酷な訓練も知らずに、彼は一足早く倒れ込んだのだった。
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