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薔薇の花と聖女 3
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「勘弁してください!!」
「……いや、王弟の付き人だ。入る権利がある」
「俺など最下層の神官が、入っていい場所ではありません!!」
「……そういわず」
「無理です!! 陛下のおられる場所に、俺ごときが入るなんて無理です!!」
「――――では、ここで待っていてくれ」
先ほどのライナスとラージの会話だ。
直立不動で、陛下の御身を守る近衛兵の横に立ちながら、ラージは寿命が縮まるかと思った、と息を吐く。
子爵家の八人兄妹の末っ子に生まれ、たまたま持っていた治癒魔法により神官の職に就いたラージ。
しかし、下っ端神官のラージが治癒魔法の力を使う機会などなく、毎日神殿を掃除するばかりの日々を送っていた。
「それでいいと思っていたのに、いったい何なんだ」
昨日、聖女様の奇跡を見てからは、めまぐるしかった。
もちろん、精霊は本当に存在するのだと心から信じたし、聖女様の為に力を尽くそうとも思った。
しかし、これは違う……。
遠目に顔を拝見するばかりだったこの国の副将軍に連れられて、聖女様特製だというものすごい味の魔力回復薬を飲まされながら、治癒魔法を周囲にかけ続けさせられた。
治癒魔法はとても希少性が高い。「なぜこの才能を神殿は埋もれさせていた」という苛立ちを含んだ声が聞こえてきた気がしたし、朦朧としながらも、今までの人生で一番感謝されたように思う。
そしてそのまま、歓迎会に突入して、未だかつてないほど多量の酒を飲まされた。
腕を組んで聖女様をたたえる歌を歌ったところまでしか記憶がない。
それから早朝たたき起こされて、少し慌てた様子の副団長ディグノに連れられて、今に至る。
「子爵家の末席、貴族籍を継続できる可能性すらない人間が、どうしてこの場所にいるんだろう」
首を傾げても、どうしようもない。陛下の居室前にいるのもおかしいが、王弟陛下の付き人というのもおかしすぎる。
出会ってしまったからなのだろうか。あの、花に囲まれて神々しくも可愛らしく微笑む聖女様に。
「……俺にも、生きている意味があるのか?」
「おい、先ほどから陛下の御前でうるさいぞ、お前」
「あ、すみません、すみません!!」
「……気をつけろ」
我に返ったラージが、ペコペコと謝れば、隣の近衛兵はため息をついて正面を向いて職務に戻る。
そう、これがいつものラージに対する周囲の反応のはずだ。
「おかしいよ……」
しかし、もう一度近衛兵ににらまれてしまい、ラージはさすがに口をつぐむ。
そして、しばらくして扉が開き、狼姿に戻った王弟殿下ライナスが頭を押さえながら出てくる。
姿が変わっても、気配や魔力は変わらないのだな、そんなことを思ってラージは敬意を込めて頭を下げる。
「ん? 反応が薄いな。狼姿に変わったのに……」
「え? 気配と魔力、それに声も同じではありませんか。そもそも噂に聞いていた狼閣下、ライナス・ローランド様が人の姿に変わったときの方が驚きましたよ」
「そうか。面白い男だな……」
「――――面白い男評価を王弟殿下からいただいてしまった」
その時、ラージがピタリと動きを止める。
「……」
「どうした?」
「どうしたもなにも……」
どちらかというと、周囲に自信がなさそうとか、弱気そうとか、そんな印象を与える表情がガラリと真剣なものへと変わる。
「――――なんだこれ」
「おい、どうした」
「呼んでいる……」
「あ、おい!!」
走り出したラージは、少々鍛えているように見えても、あくまでも神官らしい体つきだ。
それなのに、鍛え抜いているはずのライナスの全力に近いほどその足は速い。
「……なんだ、無意識で身体強化魔法を使っているのか? 死線と過酷な訓練をくぐり抜け、しかも魔法の才能がある一部の兵にしか出来ない芸当だぞ」
魔力を使えば狼姿になってしまう可能性があるライナスには、もちろん出来ない芸当だ。
ライナスは少しだけ舌打ちをして、勢いよく走るラージの背中を全力で追いかけ始めたのだった。
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