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薔薇の花と聖女 2
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シルビアは、部屋に一輪飾られた薔薇に、そっと指先を触れた。
淡いピンク、そして紫がかった薔薇は、どこかシルビアの瞳を彷彿とさせる。
庭園を整え始めたシルビアのために、ライナスが用意してくれたその花は、シルビアのお気に入りだ。
ライナスの手で摘まれ、トゲをのぞかれて、差し出されたその薔薇の色がさめていくことをさみしがるシルビアに、「また来年も捧げよう」とライナスは笑った。
「ライナス様……」
けれど、指先で花弁に触れる度に、言いようのない不安を覚える。
それは、おそらく……。
「神託を授かったあとどうなるのか、幼かったから詳細を覚えていないのですが」
確かに、幼い頃には何度も見た神託。
でも、それが実現する瞬間は、いつもこんな風に胸がざわめいたように思える。
「精霊様と神様がいるなら、とても意地悪です。だって、神託はいつだって」
そう、神託はいつだってシルビアに見たくはない、暗い未来を見せるばかりだった。
最後に見たのは……。
「お父さん……」
最後に見たのは、幼いシルビアを背にかばう、父の姿だった。
三歳の時に離ればなれになった父は、自分のことなど忘れてしまったのだと思っていた。
それなのに、公爵家令嬢が本当の聖女だったのだと公示される直前。そう、幼い頃受けた最後の神託で見たのは、父の背中と最後の笑顔。
「……いつだって、見ていてくれたのですね」
封印してしまったシルビアの記憶。
それは、シルビアが確かに愛されていたことを教えてくれる。
けれど、とても辛くて、思い出すことが出来なかった……。
ライナスと出会い、愛されて初めて、シルビアはその記憶とまっすぐに向き合うことが出来た。
そして、同時に浮かぶのは、幼いシルビアと引き離されるときの、母の泣き顔。
追い払われても、必死に馬車を追いかけ続けた母の姿。
「愛されていた」
まるで、朝露のように薔薇の花を小さな雫が伝い、床へととこぼれ落ちた。
そう、幸せな未来など、神託は見せてくれない。
大概、それは朧気で、ただの一場面で、途中経過も教えてくれない。
神様の存在も、精霊様の存在も、目の前にはないのに、確かにいるのだと知らせながら、その神託はあまりに暗く、苦しい。
そこに現れたのが、あの新米神官だった。
彼が現れたときに、確かにシルビアは見たのだ。
暗かった未来に光が差し込んで、二つに分かれていくのを……。
「それにしても、アンさんも甘いですね」
部屋の中に残されたシルビア。
扉は施錠され、追いかけたり出来ないようになっている。
そう、普通の令嬢ならば、の話だ。
「ライナス様と、大事な仲間の危機に、黙っているはずがないでしょうに」
明らかに、アンの表情は曇っていた。
神託などなくても、きっとなにかを予見しているようなその横顔。
死線をくぐり抜けたものだけが持つ、ある種の勘なのかもしれない。
「アンさんとハイエル様は、私が守ります」
揺れ動く未来。
多分、重なる神託は、明らかに片方がおぼろげだから、その手に掴むのは難しいのかもしれない。
「ごめんなさい、ライナス様。修理費は、お小遣いから引いてください!」
シルビアは、窓に着いた鍵をパキンと壊して、そこから飛び降りたのだった。
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