最下層暮らしの聖女ですが、狼閣下の契約妻を拝命しました。

氷雨そら

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嫉妬と寝物語 3

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「ところで、どうしたんだ?」

 二人で晩ご飯を食べて、湯浴みも済ませ、ライナスの部屋に入るなりベッドに入り込んでしまったシルビアと、困惑を隠しきれないライナス。

「……寝物語です」
「ん?」
「忘れてしまったのですか? 寝物語で、お話ししてくださると言いました」
「ま、まさか……」

 まさかも何も、シルビアはずっと楽しみにしていたのだ。
 ライナスから時々教えてもらう過去の話は、悲しく暗いものばかり。
 でも、ディグノから聞いたライナスの子ども時代、きっと楽しいことだってあったはずだ。

 シルビアは、ライナスのことなら全て知りたい。
 悲しい話ばかりではなく、楽しいことだって教えてほしいのだ。

「まあ、私の子ども時代は、語るほどのものではないにしても」
「シルビア」
「知りたいです」

 まっすぐに淡い紫色の瞳に捕らえられてしまえば、抗うことなんて出来ない。
 ましてや、シルビアの頼みを断ることなんて、ライナスに出来るはずもない。

「はぁ。知らないぞ?」
「何がですか?」

 落ちてきた口づけに、軽く瞳を瞬いたシルビア。
 その瞳をのぞき込んだライナスが、軽く笑う。

「そうだな。三歳の時、初めて剣を握った俺は、指南役の制止を振り切って走り出した」

 * * *

 ライナスは、三歳の頃は人の姿をしていた。
 今になって思えば、側妃だった母の力により、姿を保っていたのだろう。

 幼かったライナスに、そんなことが分かるはずない。しかし、魔法を使うとその姿は、一瞬にして狼になる。そのことだけは、理解していた。

「わぁ!!」

 目の前には、三歳の祝いに国王陛下から贈られた小さな剣があった。
 その剣は、もちろん幼い子どもに贈られたものだから、刃は潰されていた。

 その剣を掴んだ瞬間、走り出したライナス。
 ライナスと一緒に剣を習い始めたディグノは、その後ろを追いかけた。
 もちろん、剣の指南役も。

「ライナス様!」

 ライナスが駆け込んだのは、神殿だ。
 どうしても、ライナスは剣を持ったときにしなくてはならないと、憧れていたことがあった。

 祈りの間。駆け込んできた第二王子を制止することも出来ずに神官たちがあたふたとしている中、ライナスは神殿の祭壇の前に跪いた。

 そのまま、捧げた剣に誓いを立てる。

 * * *

「聖女をお守りする騎士になる」
「はい?」

 ライナスが守ると誓った聖女は、今、目の前にいる。

「その頃、母上が読んで下さった絵本の内容が、聖女を守る騎士の物語だったんだ」
「そ、そうだったんですか」
「その時に、魔力があふれ出して止まらなくなり、三日ほど狼の姿から戻れずに、城中が大騒ぎになった」
「えぇ? それは……」

 どこか熱っぽい視線を受けて、シルビアは今になって気がつく。
 ディグノはあえて、この話を聞くようにシルビアに仕向けたのだろう。

「図らずも叶ってしまったな……。そのあと、狼の姿になってしまってからは、神殿に近づくことすらなかったが」
「……ライナス様」
「……もう一度誓おう。聖女の剣として、生涯守ると」

 捧げられた剣。

「ほら、大聖女様に習わなかったのか?」

 戸惑いながらライナスの剣を受け取ったシルビアは、促されるままにそっとその肩を叩く。
 そして、自分も誓おうとした。
 生涯、ライナスの盾としてその身を守り続けると。

 しかし、シルビアの言葉を待たずに、それはあふれ出してしまった。

「……参ったな。精霊は今の誓いを聞いていたらしい」
「ライナス様、わ、私! 私も!」
「まあ、精霊に聞き届けられたなら、幼い頃からの憧れ、聖女を守る騎士になれたということだな」

 ライナスは笑ったが、魔法を使ってしまえば、彼の姿は……。
 眩い光が消えたとき、シルビアの目の前には、白銀の狼がいた。
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