最下層暮らしの聖女ですが、狼閣下の契約妻を拝命しました。

氷雨そら

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嫉妬と寝物語 2

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 シルビアが、手を広げると心得たようにライナスが抱き上げる。
 二人の関係は幼くて純粋で、それでいて王国の、いやこの大陸の平和すら左右する、どこか歪なものだ。

 そしてシルビアが、ライナスを深く愛するほど、清廉な聖女という存在からかけ離れていく。
 そのことにシルビアは、気がつきつつある。

「聖女は、謙虚で、他者に施し、相手を労わなくてはならない」
「……シルビア?」
「ライナス様が絡むと、何故か全部逆の自分になりそうです」

 まさに清廉さなんてシルビアそのものだ、と思うライナス。全てが逆だと思うシルビア。

「ライナス様、私、怖いんです」
「何が恐ろしいんだ?」
「自分が……」

 ギュッと抱きついて、ライナスの首筋にすり寄る。

「ライナス様がいないと、何も出来なくなりそうで、ライナス様のことになると何をしてしまうか自分でも分からなくて」
「……」
「……なんで笑っているんですか」
「笑っているか?」
「笑っています」

 床に下ろされたシルビアよりも低い目線のライナス。跪いた彼は、やはり笑っている。

「もっと俺のことだけ考えてくれ」
「えっ?」
「不安なのであれば、俺だけを見てそばで妻として守られていて欲しい」
「……それでは聖女としてお役に立てません」

 トンッと膝をついたシルビア。
 低くなった目線、その両頬が、ライナスの両手で押さえられる。

「聖女なんて、やめてしまえばいい」
「聖女をやめる?」
「ああ、このライナス・ローランドの妻としてだけ生きていくのはどうだ。……俺のことだけ考えて」

 やわらかく触れた唇は、温かくて、息苦しくて、ただ離れたくないと思わせる。
 けれど、浮かぶのは二つの未来だ。

 一つの未来では、ただ二人は笑い合い、たくさんの人影に囲まれる。シルビアは、ライナスのことだけ考えて、優しい場所で守られている。けれど、裏側でライナスは一人戦い続ける。

 もう一つの未来でも、二人のそばにはたくさんの人影。でも、二人が立つ場所は幸せとは言い切れない裏側の世界。その場所では、シルビアは聖女を続けている。

 多くの選択肢。神託といえど、その中から選び続けるしかない。
 それは、厚い雲の隙間にのぞく太陽のように、ほんの少しだけ垣間見える、眩しくもおぼろげなものでしかないから。

「うーん。私の知らないところで、ライナス様が一人で苦労するのは嫌ですね。それに、守られているだけの私の表情、酷いものです」

 モゴモゴと、その言葉を伝えることは出来ずに、シルビアはライナスからほんの少し距離をとろうとした。

「離れるな」
「わぷっ!?」

 それを許さないとでも言うように抱きしめてきた腕の力は強くて、シルビアは鍛えられた胸で、強めに鼻をぶつけてしまう。

 鼻をさすりながら見上げたライナスの気配は、今日も清浄だ。
 その一瞬で、シルビアの心は決まる。
 きっとそれは、普通の夫婦ではないのかもしれない。

「それでも……。ライナス様に出会うために、聖女になったのだと思います」
「……残念だな。これから先は、そんなものやめて、俺だけのシルビアになってくれたらいいのに」
「ふふ。私は聖女としても役に立つでしょう?」
「ああ、立ちすぎるのが不満なんだ」

 もう一度訪れた口づけは、まるで誓うように。

 シルビアが、聖女であることを。
 ライナスが、王国の守護者であることを。
 二人歩む、ざわめく未来を。
 
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