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嫉妬と寝物語 1
しおりを挟む「……急に静かになりましたね」
「ああ、そうだな。部屋に戻るか」
手を引かれて、階段を上がる。
当たり前のように、シルビアはライナスの部屋に連れて行かれた。
鍵がかけられ、室内はしばしの静寂に包まれる。
先に口を開いたのは、シルビアだった。
「……こんなに早く戻ってきて、大丈夫なのですか?」
「あとはディグノがうまくやってくれるだろう」
「……」
ディグノは、先ほどもアンにラージの教育を任されていたように思う。
「それに」
シルビアを見つめるライナスが、軽く口元を歪めた。そんな仕草すら妙に色気があって、シルビアの心臓を小さく揺らしてしまう。
でも、今からライナスが口にしようとしているのは、よくない知らせなのだろう。
だから、途中で会話が中断されたりしないように、鍵をかけたに違いない。
「フィーラの姫には、ご帰国頂いたはずなのだが、母国に戻っていないそうなんだ」
「……やっぱり」
「何かあるのか?」
「……神殿に行ってきたのですが、壁の向こう側に置いてあったはずのライナス様の服が、なかったのです」
それに、ライナスの服を持ち出したのは、大国の姫ルペル・フィーラだ。
そのことを思い出せば、チリチリと胸が痛んでとても嫌な気持ちになる。
「……なぜだ」
「分かりません」
「呪いでもかける気か」
「なんとなく、違う気がします」
そう、フィーラの王女は、ライナスに強い関心を持っている。それが何故かは、ハッキリしないけれど……。
「そういえば、先ほどの神官は、どういう経緯で連れてくることになったんだ?」
「……神託で」
「気に入った、とかではなく?」
「気に入った? よい人ではありそうですが」
「……はぁ。今の言葉、忘れてくれないか」
「……なぜ」
眉を寄せてしまったライナスと、コテンッと首をかしげたシルビア。
その様子を見たライナスは、ますます眉を寄せる。
「シルビアの気持ちと俺の気持ちには、きっと温度差がある。全部見せたら嫌われてしまいそうだ」
「どんなライナス様でも、嫌いになるなんてありえません」
必死になって伝えれば、ライナスが少し困ったように笑った。
けれど、シルビアはその気持ちが知りたくて、ズイッと距離を縮める。
あまりにまっすぐなその様子に、ライナスは諦めたように、どこか子どもに諭すように言葉を続ける。
「……うーん。嫉妬した、といったところだ」
「嫉妬、とは」
「……思いを寄せる相手が、他の異性に興味を持つと思うとイライラしたり、嫌な気持ちになる、それが嫉妬だと認識しているが」
「嫉妬!」
淡い紫色の瞳が、大きく見開かれる。
シルビアの胸を支配していた感情に、その瞬間名前がつく。
「……まさか、そんな感情を持つことになるとは、想像もしたことがなかった」
「なるほど」
「ん? 何がなるほどなんだ」
「姫君に嫉妬していたようです」
「は……? なぜ」
それはたぶん、聖女は知らなくてもよい感情に違いない。
少々ドロドロしていて美しくないそれは、確かにシルビアの心に根付いてしまった。
ライナスが言うように、二人の気持ちには温度差があるに違いない。
シルビアが、本当に大切に思うのは、ライナスだけだ。
けれど、ライナスはきっと大局を見据える。シルビアを守ってくれるのだとしても。
「ふむ。ローランド王国にも、嫉妬してしまいそうです」
「……嫉妬という意味を理解しているか?」
「しています。たぶん、ライナス様よりも」
後半の言葉は、とても小さくてライナスの耳には届かない。
もし届いたなら、彼は否定しただろうか。
その日、嫉妬という言葉と感情を知ったシルビアは、ほんの少し大人になったのだった。
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