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神殿と聖女 4

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 新たな出会いはあったものの、今日シルビアが神殿を訪れたのは、あくまでライナスの服を回収するためだ。

 モフモフと完全に狼になってしまったライナス。
 彼が精霊に愛されているのだと仮定すれば、その姿は聖獣であるというのもあながち間違ってはいないのだろう。

「まあ、とりあえず、二人だけはここに入ることを許します。だから、このことは他言無用です」
「シルビア様、よろしいのですか? ところで、この神官も信用されるのですか?」
「……ベルロンドさんは、必要な人材です」
「シルビア様がそう仰られるのならそうなのでしょうが……」

 そう言いながらも、アンがラージを見つめる視線は氷点下に近い。
 完全に、顔色をうかがってしまっているラージ。
 ラージは、おそらくごく普通の感性の持ち主だ。
 少々変わり者揃いのライナス周囲の人間に上手く溶け込めるだろうか、とシルビアは少しだけ心配になってしまう。

「まあ、ハイエル様がなんとかしてくださる気がします」

 一瞬だけ淡い紫色の瞳を閉じたシルビア、浮かぶのは笑顔を貼り付けたディグノの姿だ。
 間違いなく、有望な人材だとラージのことを認識して、上手く調整をしてくれるに違いない。

「えっと、確かここのはず……」

 祭壇の奥、壁に触れると今日もシルビアだけが通り抜けられる小さな穴が現れる。
 呆然としている二人に「すぐ戻りますので」と言い残して、シルビアは四つん這いになり壁の中へと入っていった。

 少し湿っていて、どこかかび臭いような香りは、ガロン王国の神殿の最下層によく似ている。
 それでいて、下の階から湧き上がってくるような清浄な空気。

「あれ……? ないですね」

 確かにここで戦い、魔力を使ったライナスは狼姿になった。
 服はこの場所に置いてきたはずだ。
 それなのに、ライナスの服はどこにもなかった。

「――――誰かが持ち出した?」

 首を傾げたシルビア。
 確かに、ライナスが閉じ込められていた場所から、この場所へ入り込むことは可能だろう。
 シルビアとライナス二人して、人が通れるだけの穴を開けてしまったのだから。
 神殿側から入り込むには、おそらく聖女としてあるいは、精霊に認められて通り道を作って貰う必要がある。

 それに、通り道はとても狭いから、シルビアくらい小さくなければ、通り抜けることも出来ないはずだ。

「それでも、お城と神殿の最下層は繋がってしまった。これは、盲点だったのかもしれませんね」

 神殿の最下層は、ガロン王国も、ローランド王国もどちらも清浄な空気に満たされていた。
 シルビアは、力が湧いてくるのを感じるし、浮かんでくる映像もとても明瞭だ。

「――――黒い髪と瞳、お姫様?」

 ライナスの服を持っている、一人の少女が見える。
 間違いなく、大国フィーラの姫。
 シルビアに負けないほど、小さなその体。
 左の肩に浮かんだ薔薇の印は、今も鮮やかだ。

 彼女であれば、どちらからも入ることが出来るに違いない。

「むむ……。ライナス様の服をなぜか抱きしめていますね。とてもイラッとするのはどうしてなのでしょうか」

 ライナスが直接触れられたわけでもないのに、なんだか気に入らないこの気持ち。
 不思議に思うのは、ライナスと出会ってから、シルビアは喜怒哀楽以外の感情をもてあましているという事実だ。
 その感情は、すべて失うのがとても怖いほど大事で、濃厚で、あまりに激しくて、今までのシルビアの考え方を生き方を全て塗り替えてしまいそうで怖くもある。

「そもそも、自分よりも、なんなら世界よりも、一人の人を大事に思ってしまうことがあるなんて、想像もしたことがなかったです」

 長老様のことは、大切に思っていたが、自分より大事かと言われると返事にしばし時間がいりそうだ。
 それなのにライナスとシルビアの安全どちらか選べと言われたなら、即答できる。
 まあ、きっとライナスこそシルビアを優先しそうなので、実行できるかは別として。

「ふむ……。この気持ちには、いつか名前をつけなくてはいけないようです」

 シルビアは、いい意味でも、悪い意味でも、無垢で幼い純真な少女から、大人の階段を昇っていく。
 それは、ただの聖女が人に近づくことでもあり、本当の聖女になることとも言える。
 人にとって矛盾しているようなことも、人とは違う世界にいる精霊にとってはそうでもないのかもしれない。

「浮かんでくる思考に、理解が追いつきませんね……。取りあえず、アンさんが壁を壊して侵入してくる未来が視えてきてしまったので帰りましょうか」

 結局、ライナスの服を取り戻すことは出来ず、シルビアはこの場所で自分の感情と向き合っただけだった。
 シルビアはなぜか切なく漏れた小さなため息の理由も分からないまま、再び四つん這いになって、小さな穴をくぐり抜けたのだった。
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