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神殿と聖女 2
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王宮の中でも奥深くにある神殿は、いつでも静寂に包まれている。
軽く刈り上げられた茶色いサラサラした髪の毛に、大きな鳶色の瞳をした新米の神官ラージは、掃除をしていた手を止めて、冷え冷えとしながらも高く澄み渡った空を見上げた。
空気は冷たいが、あと少しすれば温かい陽光が降り注ぐことを予感させる、さわやかな午前だ。
「……それにしても」
ラージは、先日初めて見た奇跡に思いをはせる。
この国、ローランドは賢明な国王陛下と誰よりも強い王弟殿下により、年々国力を増している。
先日、ガロン王国を統合したことで、大国フィーラに並び立ったとも……。
ガロン王国は、小さな国だったが、聖女を頂きとして、強い発言力を有していた。
その聖なる地で、本当の聖女様は、不当に虐げられていたという。
「……そんなこと、許されるはずがないよな。それにしても、本当に奇跡ってあったんだな……」
精霊を信じていないわけではないが、ラージは、特別神官になりたかったわけではない。
貧乏子爵家の八人兄妹の末っ子が、たまたま治癒魔法の素質を持っていた。理由はそれだけのことだ。
この国ローランドにおいても、神殿と聖女は特別な価値を持つが、本物の聖女を見たことがない国民がほとんどだ。
もちろん、神官であるラージでさえその一人だった。
けれど、聖女は現れただけで、神殿を取り囲む自然全てに歓迎された。
だから、ラージにとってその日が、本当に神官としての自分を認めた日にもなった。
間もなく初雪を迎えるだろうこの場所で、久しぶりに聞いた小鳥のさえずり。
この季節に似合わない香しい風と、美しく咲き始めた花々。
「わ……!」
「あの……」
その変化に目を奪われた時に、可憐な声がした。
どうして気がつかなかったのか、王弟殿下を現す剣の紋章と豪華な馬車。
そこから降り立った、美しく着飾ったあまりに神秘的な少女。
「せ、聖女様!!」
慌てて一歩下がり、持っていたほうきを投げ捨ててラージは膝をついた。
困ったようにシルビアは笑ったが、膝をつき、頭を下げた周囲の神官たちの誰ひとりその表情に気がつくはずもない。
「シルビア様」
「あっ、そうですよね」
小さな会話の意味を知ることもない。
「……顔を上げなさい」
先ほどの、どこか戸惑ったような可憐な声。
同じ声のはずなのに、変化したそれは荘厳で聞いたものの鼓膜から離れてはくれない。
ラージが、慌てて顔を上げたとき、先ほどの少女は消えてしまったのだとばかりに、神聖な微笑みとたたずまいをした聖女がそこにいた。
「今日はあなたに案内してもらいます。とりあえず、礼拝室に連れて行って下さい」
なぜ、新米神官である自分に声がかけられたのか。
困惑と同時にその栄誉に感動しながら、ラージは大きくうなずいたのだった。
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