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聖女の銀色狼 1
しおりを挟む小さな穴から這い出すと、既に周囲は大騒ぎになっていた。
「アンさん……」
「っ、無事お戻りですか! いったい何が起きたのですか!?」
「……えっと、精霊様のお導きで最下層を見つけましてですね」
嘘ではない。そんなことを思いながら、口を開いたシルビア。
その言葉に同期するように、開いていた穴が自然と閉じていく。
「……ところで、その犬は?」
「……精霊様の御遣いです、たぶん。あと、犬ではなく狼です」
犬と言われて眉間を寄せるライナスの顔がふと浮かんでしまう。
おそらく、その部分は大切なので訂正しておく。
「そうですか。ふふ、なんとなく、閣下に似ているような」
「そうですね。……連れて帰ります」
狼姿になったときに、脱げてしまった服は壁の向こうに隠しておいた。
恐らくシルビアならば、再び向こうに行くことが出来るだろう。
「……御遣様であれば、お連れする以外の選択肢はないでしょうね」
「ええ」
普段から侍女に扮してライナスの近くにいることが多いアンの反応を見る限り、本当にこの姿を知る人間は少ないのだろう。
「……かなり魔力を消費してしまいました」
「そのようですね。目的は果たされたのですか?」
「ええ、神殿で神託を受け、ライナス様のご無事は確認しました」
確かに受けた神託と、腕の中に眠るライナス。
重さはかなりあるが、シルビアでも運べないほどではない。
「御遣い様をお預かりしましょう」
「っ、ダメです!!」
「……え?」
「あっ、えっと、御遣い様は、聖女しか触れてはいけないのです!!」
本当であれば、よろめきながら歩いているよりも、アンに抱き上げてもらった方がいいのだろう。
嘘をついてしまい心苦しい。
けれど、どうしてもシルビアは、それは嫌だと思ってしまった。
「そうですか」
「はい!!」
馬車に乗り込むとき、重さのせいで段差が上がれず、後ろからアンに持ち上げてもらう羽目になった。ますます申し訳なくなる。
「……ありがとうございます。力持ちなのですね」
「騎士ですからね」
振り返ったアンは、ニコニコ微笑んでいる。
侍女姿も似合っているが、恐らくこれが、アンの本来の姿なのだろう。
動き出した馬車の中、シルビアは背中を丸めて膝の上にのせたライナスに頬を寄せた。
いつもと同じ、どこか新緑のような香りが漂う。
そして、枯渇しかけていてもその魔力はやはり温かい。
「どんな姿でも好きです、とお伝えしましたし、その気持ちは変わらないのですが、ちょっと驚きました」
屋敷に戻り、銀の狼を抱えたシルビアに屋敷の使用人たちは驚きを見せたが、アンの説明で銀の狼が御遣い様だと分かると納得したようだった。
「魔力を使いすぎたので、少し眠ります。呼ぶまでは、誰も部屋に入らないでください」
執事のスティーブは、心配するような表情を浮かべたが、すぐに「仰せのままに」と軽くお辞儀をして去っていった。
シルビアの部屋には、二人だけが残される。
「……事実、寝落ち寸前です」
整えられたベッドにライナスを寝かせ、その横に潜り込む。
「ライナス様、温かい……」
翌朝起きてしまう、ちょっとした事件も知らず、シルビアはライナスを抱きしめて、心地よい眠りについたのだった。
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