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狼閣下と聖女 7

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 階段の下は、あの場所によく似ていた。
 そう、シルビアが過ごした神殿の地下3階に。
 辛い記憶が多いけれど、長老様と過ごした日々は、シルビアにとって忘れることなど出来ない大切な記憶でもある。

「あの場所も、清浄な気に満ちあふれていた」

 暗くて寒い最下層。
 けれど、まるでその場所こそが神殿の中心であるように、そこからあふれ出す神気。

 隠されていたこの場所も、恐らく同じなのだろう。不安定な足場を久しぶりに素足で走り降りていく。階段を降りるたびに強くなる、それとは別の気配により近づきたくて。

「……ここだわ」

 途中に二つの空間を通り過ぎた。
 ここも地下三階、そして行き止まりの最下層のようだ。

 シルビアは、両膝をついた。
 少し湿った床は、石張りで冷たい。
 凍り付きそうな両足に意識を向けることなくそのまま手を組んで祈りを捧げる。

 願うのは、想うのは、たった一人のことだ。

「いつの間に、こんなにも強欲になったのでしょうか」

 シルビアは、権力も名誉も興味がない。
 それでも、たったひとつだけ欲しくて仕方がないものを手に入れて守りたいなら、どうしてもそれらが必要だ。

「ライナス様の隣に立ちたい、あなたを守りたい」

 その願いは、聖女らしくない欲に満ちている。
 シルビアは、ハッキリとそのことを自覚している。

 大好きな人を守りたい、というただ純粋な願いなのに、叶えるまでに必要とされるものは、名誉に権力、そして金銭。まるで、人の欲そのものだ。

「聖女と呼ばれてみせる」

 幼い日に父と母から引き離されて聖女だと言われ、それなのに公爵家の令嬢に聖女の印が現れれば、偽物と呼ばれ酷い扱いを受けてきた。
 聖女になりたかったことなど、一度もなかった。

 ライナスが、シルビアに手を差し伸べたあの日までは。

 シルビアは、もっと聖女は白く美しいものだと思っていた。
 けれど、いざ手に入れたいと願ったなら、なんて欲まみれなのだろう。

 でも、今なら分かる。
 人らしい願いの先に、それはあるのだ。
 だって、人々は祈るのだから。
 聖女を前に、人らしく欲にまみれた願いを。

 祈りの先には、銀の髪を揺らし、金色の瞳を細めてもう一度シルビアに手を差し伸べるライナスの笑顔があった。
 陽光が反射して光り輝く白い花に囲まれて、シルビアも微笑んでその手を取る。
 
「そうですね。ライナス様は、誰よりも国を、民を大切に思っていますものね……」

 気がつけば、涙が床を塗らしていた。

 だから、シルビアは、聖女に選ばれたに違いない。本当に精霊に愛されているのは、きっとライナスなのだから。

 王国の平和を、国民の幸せを願う存在を確かに感じながら、ライナスの願いのために生きていくと誓いを捧げる。

「少し、力を貸してくださいね」

 壁の向こうに彼はいる。それは確信であり事実だ。
 シルビアは、静かに立ち上がり、光魔法を手に集めると、思いっきり壁を叩いた。

 次の瞬間、ガラガラと音を立て壁の一部が崩れ落ち、狭い隙間が現れる。
 気配を察していただろうライナスと、その壁の隙間から這い出したシルビア。

「馬車から出てきたときも不思議に思ったのだが、今回はどうやって来た?」
「……ライナス様、説明の前に助けて欲しいです」
「ん? 引っかかってしまったのか、仕方ないな」

 腰の辺りが引っかかり動けなくなってしまったシルビアをライナスは、引き出してくれたのだった。

「また、素足になってしまったのか?」

 小さなため息と苦笑とともに。
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