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聖女、王宮に招待される 8
しおりを挟むライナスの姿が、人のそれに変わったことでざわめいていた会場は、ファンファーレの音が鳴り響いた瞬間、静まり返る。
次々と貴族たちが深い礼をしていく中、王族として胸に手を当てただけのライナスと、聖女として立つシルビアは、どこか別世界の人間のようだ。
深紅の瞳が、一瞬だけライナスに向けられる。
唇の端を軽く片方だけつり上げたあと、国王陛下は視線をシルビアに移し、まっすぐに歩み寄ってきた。
「聖女、シルビア殿。国王のリーベルト・ローランドだ。どうかこの国に精霊の祝福を」
聖女に対する決まり文句。
国王ですら、本来であれば聖女に先に名を名乗るべきなのだ。
シルビアは、長老様の言葉を思い返す。
いつもシルビアにとても優しいのに、偽物には必要がないはずの聖女としての振る舞いにだけは、長老様はとても厳しかった。
「……精霊の祝福を与えます」
ニコリともせず、それだけ告げるとシルビアは、光の珠を生み出して天井の辺りで弾かせる。
キラキラと会場中に光の粒が降り注いだ。
使うはずのなかった言葉、そして儀式。
今までシルビアは、光の珠を暗い地下でのランプ代わりに使っていたが、本来は儀礼のための魔法なのだ。
「ありがたき幸せ」
軽く国王であるリーベルトが頭を下げたことで、会場の貴族もそれにならった。
「さて、挨拶も終えたことだ。本日の主役には、開式のダンスを踊っていただこう」
そういえば、国王は結婚しているはずなのに、王妃の姿がない。
そうであれば、この場で一番身分が高い男女は、ライナスとシルビアだ。
「すまないが、王妃は身重で体調が優れないのでな」
微笑んだリーベルト、しかしシルビアは少しの違和感を感じる。
「……陛下、それでは失礼して」
ライナスに手を引かれたシルビア。
もちろん、シルビアは人前で踊るのは初めてだ。
「初めてなのですが」
「……俺に全て任せればいい」
「……えっと、たぶん」
言葉の続きを告げる前に、音楽が流れ出す。
幸いなことに、聖女をたたえるその曲は、神殿でもよく流れていた。
シルビアは、優雅にお辞儀をし、ライナスの手を取った。
そして、初めてとは思えないほど、軽やかに踊り出す。
シルビアが、失敗するという会場の予想を覆して。
二人きりで踊りながら、ライナスが軽く目を見開いてつぶやいた。
「初めてではないのか」
「長老様に厳しく教え込まれました」
「……大聖女か。あの後、一緒に来て下さるように頼み込んだのだが、断られてな。惜しいことをした」
「長老様は……」
「……姿を消したらしい」
「そうですか……」
魔法にも長けて、誰よりも知識豊かな長老様は、おそらく生きているのだろうとシルビアは信じることにした。
「……長老様は、踊るときには誰よりも華やかであれと、仰いました」
それだけ言うと、シルビアは珍しく楽しげに微笑んで、ライナスの手から離れて、クルリとターンした。
「えへへ。ライナス様と踊るのは、楽しいです」
「そうか」
ライナスは、微笑むとフワリとシルビアを抱き上げてターンした。
「だが、目覚めたばかりだ。無理をしてはいけない」
「こんな時まで、子ども扱いですか」
「……それは、どうかな」
音楽が止んで、二人は踊り終える。
ライナスは、まるで求婚するようにシルビアの手に恭しく口づけを落とした。
我に返ったかのように、シルビアが頬を染める。
「この姿に、未練など、とうにないつもりだったが、そんな表情が見れるとなれば、惜しくなるな」
「ライナス様……」
手を引かれ、再びシルビアはリーベルトの元へ向かう。
周囲は、これからどう動くかを悩むかのように近寄っては来ない。
「陛下。申し訳ないのですが、妻は国民のために魔力を使い果たし、倒れた直後です。ご退席をお許し頂きたく」
「許す……」
微笑んでいても、その思考までは読めない。
一時、リーベルトの禍々しいほど美しい深紅の瞳がシルビアを捕らえたように思えた。
「感謝いたします」
それだけ短く告げたライナスに、再び手を引かれ、シルビアは会場をあとにしたのだった。
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