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聖女、契約妻を拝命する 9

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 朝日が昇ると、再び馬車は動き出した。
 珍しくもの憂げにシルビアは窓の外を眺める。

 * * *

 出発の直前のこと、ライナスは、シルビアの元を訪れた。
 もちろん、その時にはすでに狼頭に戻っていた。

「おはようございます!」
「……妙に嬉しそうだな?」
「え? そうですか? そんなことはないと思いますが……」

 そう言いながら、シルビアが手を差し伸べれば、心得たようにライナスがその体を持ち上げる。
 出会ってからずっと、ライナスや周囲の兵たちが必死になって食べさせたせいか、顔色がよくなり、ほんの少しふっくらとしてきたようだ。

「――――昨夜のことだが」
「……ライナス様」
「いや、やっぱりいい……」

 シルビアは、口ごもったライナスに微笑みかけて、その太い首元にしがみついた。

「……私、どんなライナス様でも好きですよ?」
「……そうか」

 ライナスは、一度だけシルビアを抱きしめた後、地面に降ろした。

「今日、王都に着く。俺は、陛下への報告や凱旋の準備で忙しい。シルビアを妻にしたことを宣言する必要もある……。先に、俺の屋敷に行ってくれ。すでに詳細は早馬で指示を出している」
「はい。分かりました……。でも、やっぱりご迷惑なのでは」
「迷惑という意味では、これから掛けるのは俺のほうだ。しばらくの間は、ゆっくり過ごしているといい」
「――――ライナス様。この後は戻れないですよ? 期間限定とはいえ、本当に私みたいなのを奥さんにしてもいいのですか?」

 俯いたシルビアは、不安げだ。
 辛いことが多かっただろうに、いつも明るく微笑んでいるが、それが本心なのだろう。

「……そうだな」

 少しだけ思案した後、ライナスはシルビアの前にひざまずいた。
 そして、小さな手をそっと持ち上げて、鼻先、あるいは唇を押しつける。
 少し触れるヒゲがくすぐったくて、シルビアは軽く身をよじった。

 真摯な輝きを秘めた金の瞳が、紫色の宝石みたいな瞳をまっすぐに見つめる。

「……シルビア嬢、どうか俺の妻になっていただきたい」
「えっ」
「初対面でのあの求婚はなしだ。全力で幸せにすると誓おう……」
「……ライナス様」

 シルビアの紫色の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
 上手く答えることが出来ないシルビアの頭を立ち上がったライナスが軽い力でポンポンッと叩く。

「返事は?」
「――――ううう。は、はい! 私、ライナス様のお力になれるよう誠心誠意がんばります!」
「…………無茶してくれるなよ」

 少しだけ困ったようなライナスの顔。
 いつの間にか、笑顔に戻ったシルビア。

 エスコートを受けて、シルビアは馬車に乗った。

 * * *

 王都の門をくぐり、シルビアとライナスは、分かれ道で別方向へと向かう。
 出会って初めて二人は別行動を取ることになったのだった。
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