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聖女、契約妻を拝命する 3

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 再びシルビアが目を覚ましたとき、すでに馬車は動き出していた。
 なぜか、狼閣下ライナスが、向かい合わせに座っている。

「……よく眠るな」
「あっ、申し訳ありませ……」

 謝ろうとしたシルビアの唇に、もふっとした指先が添えられる。
 パチパチと瞬いた紫の瞳に、狼の顔が近づけられて、ニヤリと笑う。

「謝るな」
「え?」
「シルビアは、俺の妻になった。周囲に簡単に頭を下げるのは望ましくない」
「……でも、謝らないと怒られてしまいます」

 どちらかといえば、謝ったところで心ない人たちには叩かれた。
 働きもせず、こんな風に眠ってばかりいたら、怒られてしまうに違いない。

「……これからは、俺が守ってやろう」
「ライナス様が?」
「ああ、傷を治してもらったおかげで、また、戦えそうだからな」
「傷、ですか。よくケガをするのですか?」

 その言葉の意味が分からずに、ライナスはシルビアのあまりに透明な瞳をのぞき込んだ。
 もちろんそうだろう。ライナスは、いつだって前線で戦ってきた将軍なのだから。

 黙ってしまったライナスの様子から、なにかを察したのだろう。
 シルビアが、話題を変える。

「……あ、そうだ! ワンピースと靴、それにお薬まで、ありがとうございます」
「礼には及ばない」
「と、ところで着替えは誰が」

 おずおずとシルビアが見上げると、ふっ、といかにも楽しそうにライナスが吹き出した。

「気になるか? だが、もちろん女性将校に頼んだ」
「そっ、そうですよね!」
「薬を塗って処置したのは俺だが」
「えっ!」
「……そもそも、まだ、子どもだろう。そんなことを気にするのか」

 妻にするといったのに、ライナスは本気で言っているようだった。
 シルビアは、頬を膨らませる。

「神殿に来てから13年。もう、16歳になりました! 結婚も出来る年です! 分かっていて、私をお嫁さんにしたのではなかったのですか?」
「え? 俺と3歳しか違わない……?」

 信じられないとでもいうように、ライナスはシルビアを見下ろしてくる。
 狼頭だから分かりにくいけれど、ライナスは19歳らしい。

「え? だって、お嫁さんに……」
「契約婚だ。年齢は関係ないだろう。だが、16歳というのなら都合がいい」
「……契約婚」
「期間は最初に話したとおり1年だ。その間、俺はシルビアのことを全力で守り、願いを叶える。だからシルビアは、俺を裏切るな」

 考えていたお嫁さんとはずいぶん違うようだ、とシルビアは思う。
 けれど、不思議なことに目の前の男性への嫌悪感は少しも湧かなかった。

「……では、私からは一つだけ」
「ああ、一方的なお願いだ。何でも言えばいい」
「たまに、触れてもいいですか?」
「は?」

 温かかった体温が忘れられない。
 誰かに抱き上げてもらった記憶なんて、シルビアにはないから。

「……あ、ごめんなさい」
「容易に謝るな、と言っている」

 そう言いながらも、その声には怒りは滲んでいない。
 ギシリと馬車の床が音を立て、次の瞬間、シルビアはライナスに抱き上げられていた。

「ああ、俺の答えはこうだ」
「ライナス様!?」
「お安いご用だ」

 馬車は揺れる。
 小さな子どもみたいな触れ合いは、やがて姿を変えていく。
 けれど、そのことを知っている人など、まだどこにもいないのだった。
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