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白い結婚宣言されてしまいました 1
しおりを挟む「君を愛するつもりはない。これは、白い結婚なのだから」
王太子殿下から、婚約破棄の前に告げられた言葉。
まさかほとんど同じ内容で、その叔父である王弟殿下に、結婚初日に言われるとは思ってもおらず、私は遠い目をしてしまった。
しかし、二十以上年上の旦那様は、あくまで真剣な表情で悪気すらなさそうだ。
この時点で、完全にあきらめモードになってしまった私は、いまだかつてないほど美しく装った豪華すぎる白いドレス姿のまま「かしこまりました」と、ニッコリ微笑んだ。
「その代わり、この屋敷内では好きにして構わないし、必要な物も何でも言えばいい。この私に手に入らないものなどないのだから」
確かに、目の前におられるジェラルド・ラーベル王弟殿下に、手に入らないものなどないに違いない。
王太子の婚約者でありながら、疎まれていた私は全てを手に入れられるような生活をしていなかった。
のんびりと、大好きな読書を思う存分。考えようによっては、夢のような生活なのかもしれない。
ラーベル公爵家の図書室は、その蔵書量と質で有名だ。きっと一生かかっても読み終えることはできないに違いない。
「……図書室の鍵を。これから先、用事があるとき以外、図書室に籠もり、あなたの目に触れるつもりはありませんので、ご安心ください」
安心するだろう。そう予想して告げた言葉に、予想外にもジェラルド様の眉間のしわが深くなる。
「……ちょっと待て」
「……先ほど、屋敷内では好きにして良いと仰いましたよね?」
誠実な人だと思っていたのに、少し前の言葉すら覆すのだろうか。
白い目で見てしまった私に、なぜか明らかにジェラルド様は困ったような表情になった。
「……言った。確かに言ったが、まさか自由にしていいからと、一日中図書室に籠もるつもりか?」
「何か問題でも?」
もちろん籠もる気満々である。
密かに幼い頃から素敵だと憧れていた王弟ジェラルド様に、白い結婚宣言をされてしまったのだ。
これはもう、ご迷惑をかけず、お飾りの妻として引きこもるほかあるまい。
「ご迷惑はお掛けしません」
ドレスの裾をつまんで、完璧な礼を披露した私に、ジェラルド様がかぶりを振る。
「……はぁ。幼い頃から、厳しい王太子妃教育にほんの少しの不満すら言わず、全て完璧にこなしてきた君のことだ。そう言うからには、実行に移すに違いない。図書室の鍵を与えたならば、本当に一日中出てこないだろう」
「そのほうが良いのでは?」
意味がわからずに首をかしげた私を前に、ジェラルド様の眉間のしわがますます深くなる。
しかし、そんな表情すら渋くてカッコいいのだ。ずるい。
「図書室は、貴重な書物の保全のために日が入りにくい作りになっているのだぞ!」
「私などには、貴重な書物を触れさせたくないと?」
「何を言っているんだ。君のためなら、王国中の書物を全て集めてみせる! それよりも、日に当たって外の空気を吸わなければ、体を壊してしまうだろう!?」
「え?」
予想外の台詞に、思わずパチパチ瞬きし続けてしまったのは言うまでもない。
いや、予想外などではない。先ほどの台詞が衝撃過ぎたせいで忘れそうになっていたが、大好きな王弟殿下は、いつだって私の健康を心配して、声をかけてくれていたのだ。
白い結婚で、私のことを愛さないからといって、妻になった女性をないがしろにするような人ではない。
知ってはいた。知ってはいたけれど、結婚したのだから、もしかしたら妻として愛してもらえるのではないかと、少しだけ期待してしまったのだ。
「……あの」
「朝食は、私と一緒に食べなさい。ステラ、君は、勉学に夢中になるとすぐに朝食を抜いてしまう。いや、昼食と夕食もか……」
「あの、お忙しいジェラルド様のお手を煩わさないよう、ちゃんと食べます」
「よろしい。だが、朝食をともにするのは決定事項だ。それから、図書室に入って良いのは、朝食後から日が暮れるまでだ。それと本を読んだあとには、散歩も必ずしなさい」
「えっと、それは大切ですか?」
夜空のように青みがかった黒い髪に金色の瞳。今まで、どんな美姫が籠絡しようとしても首を縦に振らなかったジェラルド様。怒ったような顔をしたって、その美貌の魅力は増すばかり、どうしようもなく素敵だ。
一方私は、王国にはよくある茶色の髪と緑の瞳。
伯爵家の娘として、そして王太子の婚約者として、美しくあるよう磨きあげられてきたが、絶世の美女というわけではない。どう考えても、釣り合わない……。
ジェラルド様は、性格は温厚で面倒見が良く、博識で、剣の腕は騎士団長と並ぶ。
完璧すぎるジェラルド様は、いろいろあって私との結婚が決まるまで、周辺諸国の姫たちからの求婚があとを立たなかったらしい。
それにもかかわらず、誰とも結婚しないものだから、騎士団長とのあらぬ噂が立ったほどだ。
いや、そうなのかもしれない。私は、求婚話に疲れ果てたジェラルド様の隠れ蓑として、妻に迎えられたのだろう。
「なるほど……」
そんな私が、青白い顔をしてやつれていたなら、王弟殿下であるジェラルド様の評判を落としてしまうに違いない。
「何が、なるほどなんだ?」
「かしこまりました。三食きちんと食べて、読書を楽しみ、散歩もきちんとこなします」
「散歩を……こなす?」
不安そうな響き。
ジェラルド様の眉間のしわは、きっと取れることがない。
だって、次の言葉でも、私を心配するような響きは消えないのだから。
「──散歩は、こなすものではなく、楽しむものだと思うのだが」
「楽しめと仰るなら、善処します」
「何か違う!?」
ああ、どうしよう。このままでは、ジェラルド様の眉間のしわが深くなる一方だ。
そんなの、私の望むことではない。
いつも、苦しいばかりだった王太子の婚約者としての生活を続けてこられたのは、王宮に行けば王弟殿下であるジェラルド様に、ごくまれにお会いできたからなのだから。
「あの……。どうしたらジェラルド様に喜んでいただけますか?」
「は……?」
「私が王太子殿下に婚約破棄をされて、責任感の強いジェラルド様を巻き込んでしまったのだと、理解しているつもりです。だから、隠れ蓑にでもなんでも、なろうと思っていますから!!」
「隠れ蓑……?」
その瞬間、ジェラルド様の眉間のしわが消えた。
その代わり、金色の瞳が剣呑な色をたたえて私を見つめたように思えた。
「あ、あの……」
「君は何か勘違いしているようだ」
ガバリと私は、横抱きにされた。
呆然とジェラルド様を見つめたら、なぜか剣呑な色をたたえたままの、金色の瞳が私を見下ろす。
「────だって」
「黙りなさい」
ジェラルド様が笑えば、そこには女神が作り上げた完璧な美貌があった。
それは、きっと神話の中にしか出てこないような、神秘的な美しさだ。
「……君は何もしなくて良いんだ」
「やはりお飾りの妻!」
「違う……!」
ジェラルド様はなぜか、がくりとうなだれて、私を抱き上げたまま歩き出す。
「歩けますよ」
「少しだけ、許してくれ。それよりも、安定しないから掴まってくれないか」
「えっ!? は、はい……」
抱きつけば、ハーブの香りがほのかにした。
口から飛び出しそうな心臓。
それを紛らわせようと、私は、ジェラルド様との出会いと、婚約破棄までの日々に思いをはせる。
──そこには、私の一方的な片思いだけがあった。
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