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甘々新婚生活は予定外
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「ただいま、ルシェ!」
「お帰りなさいませ。……ディル様」
「会いたかった……」
「朝にお会いしたばかりですよ?」
帰ってきたとたん、私に抱きついてきたディル様を周囲が生温く見守る。
いったい何があったのか、結婚した翌日からディル様は、ずっとこの調子だ。
まるで、学生時代の私を見ているようだ。
あの時ずっと無表情だった、いや昨日までほぼ無表情だったディル様は、どこに行ってしまわれたのだろう。
「ほら、好きだったからお土産」
「こ、これは……」
差し出されたのは、へしゃげたクマのぬいぐるみだ。
一般的には明らかに可愛くはないそれは、初めてのデートで恥ずかしすぎてショーウィンドウをじっと見ていたところ、好きだと勘違いされてしまった品だ。
見れば見るほど、可愛くないような、可愛いような。
しかも抱えるのに難儀するほど大きいそれを受け取り、私は大切に抱きしめた。
これで、このクマが好きなのだとますます勘違いされるに違いない。
「……ありがとうございます」
でも、実はディル様からちゃんと贈り物をもらったのは初めてなのだ。
浮かれてしまうのは、仕方がないと思う。
「いや、意外と人気があるんだなこのクマ。並んでいる間、ものすごく注目を浴びたよ」
「……それは」
確かにこのクマは、一部にものすごく人気がある。
けれど、注目を浴びてしまったのは、違う理由だと思う。
「そんなの、カッコよすぎるディル様が、大きなクマのぬいぐるみを持って並んでいたからですよ」
「そう? 似合わなかったかな」
ニコニコと笑うディル様。
いつもの無表情と比べ、明らかに無理をしているのではないだろうか。
(仲良し夫婦を演じてくれているのかな)
契約結婚をするにあたり、私たちは三つの取り決めをした。
――契約結婚は、半年間とする。
――その間は、仲良し夫婦として過ごす。
――双方の合意があれば期間の短縮が可能。
胸がズキズキと痛む。
学生時代からいつだってディル様の背中を追いかけてきた私。
周囲から、どんな目で見られているかも理解している。
(金にものをいわせて、ディル様を手に入れた成金悪女)
そんな噂が立ってしまったことに心を痛めるディル様の優しさだろう、この取り決めは。
「食事はまだ?」
「もちろん、待っていました」
「そう、可愛い」
「っ、あの……。そういうの、結構ですから」
差し出された手を取れば、温かくて涙がこぼれ落ちそうになる。
残念なことに、今日もディル様の心臓あたりには、黒っぽい蔦みたいな呪いがうごめいている。
そっと、繋いでいない方の手を胸元に差し伸べてみると、明らかに避けられた。
やはり、嫌われているらしい。
それなら、こんなに優しくしないで欲しい。
でも、半年間だけ思い出が欲しいと言ったのは私だ。だから、そんなのは贅沢で……。
「美味しそうだね」
「私が作りましたので、味の保証は出来ませんが」
「なぜ」
「料理人が、急に体調を崩したのです」
「……そう」
資金難が続いていたサーベラス侯爵家には、最低限の使用人しかいない。
けれど、これは天災による一時的なものだ。
一部の資金しか渡さなかった前回も、半年後にはサーベラス侯爵家は、立ち直っていたのだから。
それはひとえに、ディル様の努力と才能なのだろう。
つまり、完全に私のわがままなのだ、この結婚は。
だから、なんとしても、ディル様の呪いを……。
「美味しいよ」
「……そうですか?」
ディル様の好みは、学生時代に調べ上げた。
そして、いつか料理を振る舞いたいと練習を重ねた。
こんな風に、叶うことになるとは思ってもみなかった。
「うん、優しい味がする。まるで、ルシェみたいだ」
(そういうのは、好きな人に言ってあげて下さい)
その言葉が喉まで出かかってしまったので、私は慌ててそれをスープで流し込んだのだった。
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