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絵に描いたような契約結婚 2
しおりを挟む提示された結納金の額は通常よりも遙かに多く、メイディン伯爵家の今年度の赤字を容易になかったことにするだろう。
(これだけの金額だもの……。お義母様はこの結婚をなんとしても成立させようとするはず)
手紙の内容は事務的で、几帳面な文字で『貴族社会との繋がりを持ちたい』と書かれていた。アリアーナには妻としての役目を求めず、貴族と自分との仲を取り持ってくれさえすれば良いとはっきり書かれている。
(私みたいな悪女なら利用しても心が痛まないってことね……)
アリアーナは、けれどそこまで嫌な気持ちにならなかった。
こんな年になって、まだ婚約者がいないアリアーナにとってこの結婚は価値があるものに思えたのだ。
結婚の申し入れをしてきたのは、最近急速に大きくなった商会の会長、ルドルフ・フィンガーだ。
宝石商で修行した彼は、独立するやいなや各分野に商売を拡げた。
とくに、今までは貴族しか使えなかった魔法を再現した魔道具にいち早く目をつけ、その開発と普及を成功させたことで王都でも指折りの金持ちになった。
魔道具が広がったことで、魔法が使えるという理由で優位に立っていた貴族と平民との差はここ十年狭まりつつあるという。
(噂話が大好きな商人が教えてくれた話だから信憑性は薄いけれど……)
そう、あくまでちょっとした噂話だ。けれど、実際に魔道具の便利さに触れれば、事実のような気がしてならない。
――ルドルフ・フィンガーは金のためなら手段をいとわず、にこりとも笑わず、貪欲で人の心を持たないという。
もちろんアリアーナは彼に会ったことはないが、それが一般的な彼の噂だ。
(でも、噂話なんて当てにならないこと、私はよく知っているもの)
間接的ではあっても、噂話以外でアリアーナはルドルフのことを知っていた。
脳裏に浮かぶのは、一冊の何度もページをめくったせいで少々傷んでしまった本だ。その本は、アリアーナの部屋の本棚に大切にしまってある。
(ルドルフ・フィンガー。……あの本の出版社を経営している彼が、なぜ私に結婚の申し込みを?)
アリアーナの冷え切っていた心に小さな明かりが灯る。
辛い日々、少し与えられた小遣いをアリアーナは全て本に使っていた。
その中でもアリアーナをいつも勇気づけてくれた幸せな恋愛物語、それが彼女の愛読書だ。ルドルフはその本を出版した会社を経営しているという。
訪問の日時は、明日の午前十時。もてなしは必要ないということと、詳細についてはそのときに説明をするという内容だった。
「……ふふ、内容まで仕事の手紙そのものね」
大きくなったフィンガー商会は貴族相手にも商品を卸しているという。
その中でも魔道具はフィンガー商会の主力商品だ。
その他にもいくつもの会社を経営し、王都に彼の商会が関係していない物などないと言われているほどだ。
十分な富と名声を手に入れた彼は、次に貴族界との繋がりのために伯爵家出身の妻を所望したのだろう。
(そう、これは平民がお金の力で貴族令嬢を買う契約結婚だわ……。でも、利用するにしても悪女と噂されている私なんかで良いのかしら?)
義母と義妹のフィアは本を読まないから、本棚だけは父が使っていた豪華なものだ。
物置部屋を改装した粗末な部屋の中で、本棚だけが存在感を放っている。
目を閉じれば浮かぶのは、父と母が存命だったころに訪れた宝飾店。
幸せそうに笑うかつての自分がその記憶の中にいる。
「……お飾りの妻って書いてあるもの。愛がないのだとしてもきっと今よりも自由に過ごせるに違いないわ」
アリアーナはドレスも宝石も与えられず、ほとんどを屋敷の中で過ごしてきた。
そんな彼女を支えてくれたのは、いつだって夢を与えてくれる本だった。
「それにこの本がいつも私を支えてくれたから。……結婚の申し出を受け入れましょう」
契約書のようにあまりに事務的な手紙とお気に入りの本を枕元に置く。
本の内容は、愛する貴族令嬢のために貧しい少年が成り上がり、彼女を迎えに行くという恋物語だ。
(そう、ずっと夢見ていた。誰かがここから連れ出してくれるのを)
いつのまにか眠っていたアリアーナ。その日見たのは、誰かが手を差し伸べてくれる幸せな夢だった。
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