上 下
64 / 109

禁書庫の主人との再契約

しおりを挟む

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 放課後、ハートの意匠の鍵を差し込むと、もどかしく感じながら回した。
 古いインク香り。今日も禁書庫の真ん中に、そこだけが美しい色合いでアイスブルーのツインテールが揺れていた。

「やあ……。首席になったんだね?ライアスを差し置いてこの時期首席になるなんて、本当にキミは予想を覆してくる」

「ミルフェルト様に、毎日会いたいので」

 アイスブルーの冷たい色の瞳が弧を描く。少しだけミステリアスな微笑みに、周りの空気が変わっていくのを感じる。

「それに、ライアス様はご自宅からいつでもここに来れるじゃないですか」

「王宮を自宅って言っちゃうの、たぶんキミぐらいだからね?」

 18歳まで、あと一年と半年。あまり時間がないからこそ、この場所には毎日来たい。

「ふふ。でも、ボクもリアナのこと、待ってたみたいだ」

 ミルフェルト様が、私の手を取る。そう言えば、ミルフェルト様の方から触れてきたのは、契約をした時以来じゃないだろうか。

「キミがもしも首席になったら、契約を更新しようって決めていたから」

「契約……ですか」

 お互いを研究対象として大切にする、あの誓いの事ですか?

「同意してくれるかな」

「前回兄に、ちゃんと契約内容を確認しろって怒られました」

「フリードももちろん賛成してくれるさ」

「そうなんですか?」

 静かに頷いたミルフェルト様の周囲に風が巻き起こる。アイスブルーのツインテールが、まるで冷たい川の流れのように風に流れていく。

「前回の契約、更新してもいい?」

「はい。ミルフェルト様を信じていますから」

 ミルフェルト様は微笑むと「本当に無邪気な魂だね」とつぶやく。黒い蔦に吸い込まれたはずの、紫の小さな魔法陣の存在を感じる。

 そのまま、世界は紫色の光に包まれた。

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 硬く閉じていた目を開くと、私はいつのまにか世界樹を見上げていた。たくさんの黒い蔦に絡みつかれた世界樹を。

「竜と人が交わることは禁忌。それがなぜかわかる?」

「ミルフェルト様?」

 ミルフェルト様の声が後ろから聞こえる。振り返ろうとすると、後ろから肩を掴まれて制止された。

 ――――何かがおかしい。肩に置かれた手は、本当にミルフェルト様なのだろうか。

「ごめん。振り返らないでくれるかな?」

「ミルフェルト様……」

 世界樹に歩み寄る人影。見間違うはずもない、その長く伸ばされた色彩は涼やかなアイスブルー。
 でも、その人は私と同じくらいの年齢で。

 私は今、何を見ているのだろうか。

 世界樹に絡まる蔦は、その人が近づくとますます勢いを増していく。その人が、目にしたことがある紫色の魔法陣を展開する。

 その体は、どんどん小さくなり、それと同時に世界樹に絡まる蔦もほとんどが枯れ落ちる。

 それでも蔦の一部は蠢いたまま。

「竜と王女の子どもは、世界樹を呪いで蝕む。本人が願う願わないに関わらず。でも、世界がなくなるのが嫌だったからボクはここに閉じこもることを決めた」

 小さくなったその人は、目の前に現れた扉の中に消えていった。

「全部は消せなかったんだよね。残りが王家の呪いとして残ったってわけ。……リアナはボクがいなければ、呪われなかったんだよ」

「あの、これを見せるのってミルフェルト様にとってまた良くないことがあるんじゃ」

 世界樹の呪いについて本当のことを言っただけでも、他の世界と繋がれなくなるほど重い制約の中に生きているミルフェルト様。

 それはこの時に使った、魔法によるものだろう。

「大したことないからリアナは心配しなくていいよ」

「――――何ひとつ、ミルフェルト様のせいじゃないのに。なんで、そんなふうにミルフェルト様だけ」

 絶対ミルフェルト様にとって良くないことに違いない。その言葉で確信してしまう。

 だって、ミルフェルト様は誰よりも優しいから。

「あー。子どもみたいに泣かないでよ。ボク、ほんとキミに泣かれるとどうして良いか分からなくなるから」

 私の後ろから涙を拭ってくれるその手は、いつもの小さな手ではなくて。

「大丈夫だから。ほら、嘘でもいいから笑って?」

「振り返っちゃ、ダメですか?」

 動きを止めたその手は再び動くと一度だけ私を抱きしめた。
 私の視界の端にアイスブルーの色彩だけが映る。

「ふふ、いいよ。どちらにしろ時間切れだ」

 離れるとともに再び眩い紫の光に包まれる。振り返るとそこにはいつもの可愛らしいミルフェルト様がいた。

「……私には何ができますか」

「そういうのは不用意に言ったらダメだからね?」

 ミルフェルト様は、いつもの揶揄うような笑みを仕舞い込んで、真剣な顔をしている。

「だって……」

 首を振るとミルフェルト様は、真剣な表情を崩さないまま私のことを見つめた。しゃがんでいる私の肩に置かれた手は、先ほどと違い小さくて。

「――――それなら、ボクを絶望させないと、未来の出会いを叶えてくれると誓ってくれる?リアナならきっとそれが出来るから」

 私だってミルフェルト様が絶望するなんてイヤだ。

「ほら、ボクのリアナなら負けないはずだよ?」

「誓います……。絶望なんてさせない」

 私は、嘘でもいいから笑うことにした。ミルフェルト様がそう望むなら。

「さすが、ボクのリアナだね?」

 その言葉の直後。気がつくと、世界樹の塔、最上階に戻っていた。世界樹の図書室に扉がひとつ増えている。

(首席になって毎日会えるようになった途端、ここに扉を作るなんて。ミルフェルト様は少しいじわるです)

 こうなったら学園が休みの日にも会いに行こうと、私は密かに心に決めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

処理中です...