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禁書庫の主人との再契約
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放課後、ハートの意匠の鍵を差し込むと、もどかしく感じながら回した。
古いインク香り。今日も禁書庫の真ん中に、そこだけが美しい色合いでアイスブルーのツインテールが揺れていた。
「やあ……。首席になったんだね?ライアスを差し置いてこの時期首席になるなんて、本当にキミは予想を覆してくる」
「ミルフェルト様に、毎日会いたいので」
アイスブルーの冷たい色の瞳が弧を描く。少しだけミステリアスな微笑みに、周りの空気が変わっていくのを感じる。
「それに、ライアス様はご自宅からいつでもここに来れるじゃないですか」
「王宮を自宅って言っちゃうの、たぶんキミぐらいだからね?」
18歳まで、あと一年と半年。あまり時間がないからこそ、この場所には毎日来たい。
「ふふ。でも、ボクもリアナのこと、待ってたみたいだ」
ミルフェルト様が、私の手を取る。そう言えば、ミルフェルト様の方から触れてきたのは、契約をした時以来じゃないだろうか。
「キミがもしも首席になったら、契約を更新しようって決めていたから」
「契約……ですか」
お互いを研究対象として大切にする、あの誓いの事ですか?
「同意してくれるかな」
「前回兄に、ちゃんと契約内容を確認しろって怒られました」
「フリードももちろん賛成してくれるさ」
「そうなんですか?」
静かに頷いたミルフェルト様の周囲に風が巻き起こる。アイスブルーのツインテールが、まるで冷たい川の流れのように風に流れていく。
「前回の契約、更新してもいい?」
「はい。ミルフェルト様を信じていますから」
ミルフェルト様は微笑むと「本当に無邪気な魂だね」とつぶやく。黒い蔦に吸い込まれたはずの、紫の小さな魔法陣の存在を感じる。
そのまま、世界は紫色の光に包まれた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
硬く閉じていた目を開くと、私はいつのまにか世界樹を見上げていた。たくさんの黒い蔦に絡みつかれた世界樹を。
「竜と人が交わることは禁忌。それがなぜかわかる?」
「ミルフェルト様?」
ミルフェルト様の声が後ろから聞こえる。振り返ろうとすると、後ろから肩を掴まれて制止された。
――――何かがおかしい。肩に置かれた手は、本当にミルフェルト様なのだろうか。
「ごめん。振り返らないでくれるかな?」
「ミルフェルト様……」
世界樹に歩み寄る人影。見間違うはずもない、その長く伸ばされた色彩は涼やかなアイスブルー。
でも、その人は私と同じくらいの年齢で。
私は今、何を見ているのだろうか。
世界樹に絡まる蔦は、その人が近づくとますます勢いを増していく。その人が、目にしたことがある紫色の魔法陣を展開する。
その体は、どんどん小さくなり、それと同時に世界樹に絡まる蔦もほとんどが枯れ落ちる。
それでも蔦の一部は蠢いたまま。
「竜と王女の子どもは、世界樹を呪いで蝕む。本人が願う願わないに関わらず。でも、世界がなくなるのが嫌だったからボクはここに閉じこもることを決めた」
小さくなったその人は、目の前に現れた扉の中に消えていった。
「全部は消せなかったんだよね。残りが王家の呪いとして残ったってわけ。……リアナはボクがいなければ、呪われなかったんだよ」
「あの、これを見せるのってミルフェルト様にとってまた良くないことがあるんじゃ」
世界樹の呪いについて本当のことを言っただけでも、他の世界と繋がれなくなるほど重い制約の中に生きているミルフェルト様。
それはこの時に使った、魔法によるものだろう。
「大したことないからリアナは心配しなくていいよ」
「――――何ひとつ、ミルフェルト様のせいじゃないのに。なんで、そんなふうにミルフェルト様だけ」
絶対ミルフェルト様にとって良くないことに違いない。その言葉で確信してしまう。
だって、ミルフェルト様は誰よりも優しいから。
「あー。子どもみたいに泣かないでよ。ボク、ほんとキミに泣かれるとどうして良いか分からなくなるから」
私の後ろから涙を拭ってくれるその手は、いつもの小さな手ではなくて。
「大丈夫だから。ほら、嘘でもいいから笑って?」
「振り返っちゃ、ダメですか?」
動きを止めたその手は再び動くと一度だけ私を抱きしめた。
私の視界の端にアイスブルーの色彩だけが映る。
「ふふ、いいよ。どちらにしろ時間切れだ」
離れるとともに再び眩い紫の光に包まれる。振り返るとそこにはいつもの可愛らしいミルフェルト様がいた。
「……私には何ができますか」
「そういうのは不用意に言ったらダメだからね?」
ミルフェルト様は、いつもの揶揄うような笑みを仕舞い込んで、真剣な顔をしている。
「だって……」
首を振るとミルフェルト様は、真剣な表情を崩さないまま私のことを見つめた。しゃがんでいる私の肩に置かれた手は、先ほどと違い小さくて。
「――――それなら、ボクを絶望させないと、未来の出会いを叶えてくれると誓ってくれる?リアナならきっとそれが出来るから」
私だってミルフェルト様が絶望するなんてイヤだ。
「ほら、ボクのリアナなら負けないはずだよ?」
「誓います……。絶望なんてさせない」
私は、嘘でもいいから笑うことにした。ミルフェルト様がそう望むなら。
「さすが、ボクのリアナだね?」
その言葉の直後。気がつくと、世界樹の塔、最上階に戻っていた。世界樹の図書室に扉がひとつ増えている。
(首席になって毎日会えるようになった途端、ここに扉を作るなんて。ミルフェルト様は少しいじわるです)
こうなったら学園が休みの日にも会いに行こうと、私は密かに心に決めた。
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