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建国祭と離宮の妃 2
しおりを挟む会場に入った途端、私がたった一人で入場するのをあざ笑おうとしていた人たちは、色を失ったように見えた。
そこまでの影響力を持つ、隣でエスコートしている人を見上げる。
男性は、ニッコリと笑いかけてきたけれど、それは地位のある人に良くある、ほんの少しうさんくささを感じる本心を隠し通すための笑顔だ。
だって、帝国に関連する国々や貴族の特徴は、すでに頭に入っているはず。
それ以外の国で、考えられるのは……。
「……失礼ですが、エスコートしていただける覚えがないのですが」
「遠縁のおじさんだと思えば良い」
「……遠縁?」
「そうさ、君の」
ざわつく会場を優雅に進む歩みには、ほんの少しの迷いもない。
完璧すぎる立ち居振る舞いからして、隣にいる正体不明、年齢不詳の美貌の男性が、やんごとなきお方なのは間違いないのだろう。
「ああ、ほら。注目を浴びているぞ。特にあちらからの視線は、鋭いな」
「……陛下」
陛下は一人、冷たさすら感じる表情のまま、一段高い場所に座っている。
(んんっ、ところで陛下のマントの端が揺れているのだけれど)
「ああ、あれは君の幻獣か? 姿を隠しているようだが、今にもこちらに飛び込んできそうだ」
「……ひぇ」
なぜ幻獣のことを、と言いかけて、向けられた意味ありげな笑顔に口をつぐむ。
(幻獣のこと、どこまで知っているのかしら)
「まあ、任せておきなさい。悪いようにはしない」
「……」
どうしてなのだろう。微笑みかけられると、既視感とともに胸が高鳴ってしまう。
(だってこの人は、とてもよく似ている)
そう、カツカツと靴音を鳴り響かせて、夜の闇みたいな色合いでありながら、白を基調にまるで月のような銀の装飾を身につけて近づいてくる陛下に。
(あれっ、陛下が、近づいてきた!?)
会いたいときには会えないのに、こんな場所で、まさかこんな近くに来てもらえるなんて、予想すらしていなかった。
だって、いくら妃とは言っても、月日に忘れられた離宮にいる亡国の姫でしかない私と陛下の距離は、本来とても遠いはずなのだ。
……先ほどまでのように。
「陛下」
白く煌めくドレスの裾をつかんで、静かに頭を下げる。そういえば、このドレスと陛下の衣装は、まるでお揃いで誂えたかのようだ。
(もし、隣でエスコートしてくれるのが、陛下だったなら……)
一瞬だけ夢を見てしまう。
もしかしたら、本当にお揃いなのではないかと。
そして、手を引かれ、私たちは踊り出すのだ。
でも、その願いは叶わないことを私は知っている。私の願いが、叶うなんてこと、今までなかったし、私には血が繋がった後ろ盾をしてくれる国も家門もない。
だから私は、ひっそりと、誰もが忘れ去った離宮の片隅で生きていければ良い。
(自給自足なら、陛下にもご迷惑をかけないはず。そう、それはそれで)
お気に入りの野菜に囲まれて、大好きなほんの少数の人たちと一緒に、誰にも迷惑をかけず、誰にも傷つけられることなく。
「……は?」
「ソリア」
けれど、そんな小さな願い事は、叶わないことを差し出されてしまったその手に私は思い知らされる。
なぜか泣きそうになるくらい大好きなその笑顔、差し出されたその手を取ってしまえば後戻りできないことくらい、いくら何でもわかるのに。
けれど気がつけば、迷う心とは裏腹に、大きなその手に、小さな自分の手を重ねてしまっていた。
「さあ、踊ろうか、ソリア。……我が妃をエスコートしていただき、ありがとうございました。伯父上」
ざわめいても良いはずの会場は、水を打ったように静まり返っている。
一月の離宮の妃、シャーリス様とシルベリア公爵が、青ざめたまま呆然とこちらを見つめている。
(この状況は!? 今夜一晩、壁の花として過ごすはずだった私の計画は!?)
それでも、陛下が視線を軽く向ければ、重厚な音楽が奏でられ始める。
「ふむ。中々上手いな?」
「……役に立つ日が来るなんて、思ってもみませんでしたが、騎士団長直伝です」
「そうか、先を越されたことには、少々腹が立つが、今は感謝しておこう」
心臓が高鳴りすぎて、心と体が弾けてしまいそうだ。それなのに、強く引き寄せられて、逃げられない場所に自ら飛び込んでしまったことを思い知らされる。
それでも、確かに心の奥底に大切にしまっていた夢は、私の平和と小さな願い事と引き換えに、叶ってしまっていたのだった。
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