38 / 51
野菜好き妃殿下と宰相 1
しおりを挟む「ところで、妃殿下……」
『ギャウッ!?』
「……ザード様!?」
あの後すぐ、私を押し倒したラーティスは、小さな子猫みたいな姿に変わった。
寝転んだままじゃれ合って、視線の先に見える青空。
そこに映り込んだのは、私を見下ろすグレーの髪と瞳をしたイケオジだ。
「何から申し上げたら良いか、それに想定外の出来事に動揺を隠せませんが」
「……えっと、これは」
笑顔のザード様は、きっととても怒っている。
人の顔色を見ながら生きてきた私には、そのことが何となくわかる。
ううん、明らかに重々しい雰囲気のまま笑っているから、誰にでもわかるのかもしれないと思い直す。
「まず、どういうことだ! 妃殿下ともあろうお方が、こんなふうに地面に寝転ぶなんて! 誰かに見られたら、陛下の品格まで疑われるだろう!!」
「ひゃっ、申し訳ありません!!」
世の中には、逆らってはいけない人がいるものなのだ。ザード様が、そのうちの一人なのは、間違いない。
「さあ、お手を」
「汚れてしまいますよ」
「……さっさとしなさい」
「はいっ」
汚れたままの手をはたくまもなく掴まれて、強引に引き起こされる。
書類仕事ばかりしているのかと思いきや、ザード様は、思いのほか鍛えているのかもしれない。
いくら私が、小さくて軽いとはいっても、こんな羽根みたいに軽く立ち上がらせるなんて……。
「……軽いですね。野菜以外も、ちゃんと食べていますか?」
「……いただいたお肉、食べてます」
「もっと食べたほうが、良いでしょう」
そう、ザード様は、時々お父さんみたいだ。
私に愛情を傾けてくれた肉親はいないから、いっそザード様のほうが家族みたいに思えてしまう。
「さて、ところで」
「……ぴっ!?」
瞬きするほどの間に、まるで私のことを慈しむみたいだったザード様の表情が、豹変する。
そしてその知的なグレーの瞳は、そのままラーティスへと向かった。
「そちらの子猫には、見覚えがあります。というより、今はラーティスと呼ぶべきですか? それとも、あの頃のようにララーと? ……ほら、逃げるのはおやめなさい」
なぜか逃げだそうとしたラーティスを容易にザード様は抱き上げた。
シュンッとした姿は、まるで飼い主に叱られてしまった子猫のようだ。
「えっと、その……」
「そうですよね。幻獣が召喚した者と一緒に消えたからといって、人のように死ぬはずもなし。なぜそのことに気がつかなかったのか……」
ザード様の大きな手が、自身の額と瞳を覆った。
端だけつり上げた唇は、自嘲しているようにも、悔恨に歪んでいるようにも見える。
「……十三月の離宮の妃」
「はっ、はい!!」
「……あなたのことではありません」
「え?」
「あのお方のそばには、いつも子猫がいた。一緒に消えてしまったのだと思っていたが、幻獣にとっては姿を変えるなんて容易に違いない」
私ではない、十三月の離宮の妃。
そういえば、陛下はこの場所で育てられたと言っていた。ということは、ザード様の言っているお方は……。
「妃殿下の母君は、東方ウェリンズの生まれですね」
「……ええ、ウェリンズの踊り子」
「しかし、幻獣を扱う力は、王族かその地の高位貴族しか持たないものだ」
「……」
「はあ。なるほど、断片的だった情報が、だいぶ繋がりました」
「えっと」
ザード様に、嘘はつけそうにない。
いっそ、全部話してしまったと考えたとき、私たちの距離は急につめられた。
置かれた手は、痛いほど強い力で、私の肩を掴んでくる。
「……ところで、シルベリア公爵とのやり取りや、周辺諸国と急三国との関係性の調整、さらに南方のリーンとの情報共有」
「えっと、その……」
「寝るまもなく、大変だったのですよ?」
確かに、いつも完璧なザード様の目元には、うっすらとクマが浮かんでいる。
「っ、管理者であり後見人である私になんの相談もしないで、今、不安定な状況にある三国の姫の一人とさらに併合したとはいえ、南方で一番の発言力を持つリーン王国の姫とのお茶会を勝手に執り行うヤツがあるか!!」
大目玉を食らってしまった私は、さすがにお忙しそうだからと連絡しなかったことについては、心から反省したのだった。
5
お気に入りに追加
2,329
あなたにおすすめの小説
最下層暮らしの聖女ですが、狼閣下の契約妻を拝命しました。
氷雨そら
恋愛
生まれたときから聖女の印を持つシルビアは、神殿の最下層でこき使われていた。
それは、世界に一つしかないはずの聖女の印が、公爵家の姫君に現れたからだ。
偽の聖女と呼ばれながらも、なぜか殺されることなく神殿の最下層で暮らすシルビアの前に、ある日、狼姿の男性が現れる。
「とりあえず、今から一年間、俺の嫁になれ」
「……あの、あなたのお嫁さんになるのですか? ……私なんかが?」
「王女からの求婚を断る理由には、聖女様くらいしかないだろう?」
狼閣下と呼ばれる王弟殿下から、シルビアは契約妻を拝命する。
なぜか、溺愛されるとも知らずに……。
小説家になろうにも投稿しています。
1月2、3、4日HOT ランキング1位。ご覧いただきありがとうございます。
1月6日から一日1話更新になります。
冷遇王女の脱出婚~敵国将軍に同情されて『政略結婚』しました~
真曽木トウル
恋愛
「アルヴィナ、君との婚約は解消するよ。君の妹と結婚する」
両親から冷遇され、多すぎる仕事・睡眠不足・いわれのない悪評etc.に悩まされていた王女アルヴィナは、さらに婚約破棄まで受けてしまう。
そんな心身ともボロボロの彼女が出会ったのは、和平交渉のため訪れていた10歳上の敵国将軍・イーリアス。
一見冷徹な強面に見えたイーリアスだったが、彼女の置かれている境遇が酷すぎると強く憤る。
そして彼が、アルヴィナにした提案は────
「恐れながら王女殿下。私と結婚しませんか?」
勢いで始まった結婚生活は、ゆっくり確実にアルヴィナの心と身体を癒していく。
●『王子、婚約破棄したのは~』と同じシリーズ第4弾。『小説家になろう』で先行して掲載。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
竜王陛下の番……の妹様は、隣国で溺愛される
夕立悠理
恋愛
誰か。誰でもいいの。──わたしを、愛して。
物心着いた時から、アオリに与えられるもの全てが姉のお下がりだった。それでも良かった。家族はアオリを愛していると信じていたから。
けれど姉のスカーレットがこの国の竜王陛下である、レナルドに見初められて全てが変わる。誰も、アオリの名前を呼ぶものがいなくなったのだ。みんな、妹様、とアオリを呼ぶ。孤独に耐えかねたアオリは、隣国へと旅にでることにした。──そこで、自分の本当の運命が待っているとも、知らずに。
※小説家になろう様にも投稿しています
こんにちは、女嫌いの旦那様!……あれ?
夕立悠理
恋愛
リミカ・ブラウンは前世の記憶があること以外は、いたって普通の伯爵令嬢だ。そんな彼女はある日、超がつくほど女嫌いで有名なチェスター・ロペス公爵と結婚することになる。
しかし、女嫌いのはずのチェスターはリミカのことを溺愛し──!?
※小説家になろう様にも掲載しています
※主人公が肉食系かも?
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる