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陛下の寵妃 1
しおりを挟む◇◇◇
「それで、紅茶に何か混入されていると分かっていて飲んだのか」
先ほどから、ずっと私に額をこすりつけて離れる気がないらしいラーティスと、眉間のしわを深くした陛下。
なぜこんなに怒られているのか分からずに困惑する私と、ラーティスの尻尾に戯れるアテーナ。
後ろで、なぜかため息が聞こえた。ビオラも機嫌がよろしくない。
「あの……」
「――――幻獣の力も、万能ではない」
「……心配させてしまったようですね?」
ガタリと音を立てて、椅子から立ち上がった陛下。
今日も、煤で汚れたドレス姿の私は、陛下の自室にいる。
「――――そうだな、心配した」
「えっ……!?」
「どうして、意外そうなんだ」
フワリと漂った、心安らぐ香り。
ふと、目を向ければ窓際で東方の香炉が仄かな煙を立ち上らせていた。
前回来たときは、何もなかったはずの室内は、いつの間にか、可愛らしいデザインの小物が置かれている。
「いい香りですね……」
「そうだな。母が、この香りが好きだったことを思い出したから」
「そうだったのですね……」
立ち上がって、そっと香炉の煙を手の平で寄せて香りを楽しむ。
それは、穏やかな香木の香りだ。
「東方に自生する木が、香木の原料になると、書物で読んだことがあります。その木には、もともとは香りがないらしいですね」
「ふーん、そうなのか?」
「傷ついた部分からあふれた樹脂が、いつしかこの素晴らしい香りを作り出すと」
香炉に興味を示したらしいアテーナ。
幻獣には体重がないけれど、物理的な影響がないわけではない。
倒してしまっては大変と、慌てて抱き上げる。
「しかし……本当に君は、俺に興味がないのだな」
「え?」
振り返ると、その言葉とは裏腹に、どこか微笑ましいものを見るような視線を私とアテーナに向けていた陛下が、小さくつぶやいた。
「どうしてそう思ったのですか?」
「……幻獣は、主の心をそのまま映し出すから」
「…………」
ぐいっと、よろめくほど押しつけられたラーティスの額。
(ちょっと待って、幻獣が主の心をそのまま映し出すのだというなら)
あっという間に熱を帯びる私の頬。
ラーティスの行動を思い返せば思い返すほど……。
(陛下って、私のこと、大好きじゃない!?)
まさかそんなはず……。
だって陛下は、私のことを好きだと言っても、いつも一定の距離を崩さない。
だって、妃は皇帝陛下の臣下の一人でしかないのだから。
それなのに、チラリと見た陛下の耳元が見る間に赤くなっていく。
「あっ、あのっ!! 新しい野菜の苗を、七月の離宮の妃、リーシェル様が見せてくださるそうなので!」
「そうか……」
たぶん、先ほど聞いた言葉は、聞き間違いだったのだろう。そう思ったのに……。
煤まみれになって這い出してきた、十三月の離宮の暖炉。振り返ると、やはり当然のようにラーティスは、私についてきてしまっていたのだった。
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