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副団長のため息と選択
しおりを挟む普段は、ボサボサとした癖が強くてくすんだ赤い髪、そしてしかめっ面のベリアスが腰掛けている質実剛健な作りの椅子。
重厚な机の前に、この場所にどこか不釣り合いな、優しげな瞳、柔らかい淡い茶色の色合いをした人物が座っていた。
副団長ジアス・ラジアル。それほど背が高いわけでもなく、鍛えてはいても周囲より細身で、最前線で戦う騎士というよりは、文官という印象を受ける。
しかし、その外見に反して、ジアスは、第一騎士団長ベリアス・シェンディアに次ぐ剣の腕、王国を勝利に導く頭脳を持つ実力者だ。
ジアスは、重いため息を一つつくと、眉間をもんだ。
すでに、副団長として決済可能な書類については、すべて処理を終えている。
座っているだけでも、全身がバラバラになってしまいそうに痛むが、生きているだけ儲けものなのだろう。
「――――もう、死んでいるはずなのだから」
ジアスは、なぜか未来というものに希望が持てなかった。
最近では日々募るばかりだった無力感を持て余してすらいた。
そんなジアスは、なぜか晴れ晴れとした気持ちに戸惑いつつ、久しぶりに未来のことを考えていた。
「……人生をやり直している、か」
もしも、ベリアスの言うとおりルナシェが人生をやり直しているのだというなら、ベリアスとジアスももちろん、やり直しているに違いない。
その結果、この場所にいないはずのジアスが、戦いの後の処理をするために机に座っている。
上司であり、ジアスの友であるベリアス・シェンディア。
誰よりも優れた剣と、明晰な頭脳を持っているにも関わらず、騎士団でもいつも諦めたような瞳をしていたベリアスが、3年ほど前、このドランクの砦に配置されてから、別人のようになった。
そこからの活躍は目覚ましく、侯爵家の嫡男という地位だけではたどり着けない、第一騎士団長の地位まであっという間に上り詰めた。
その理由も、ルナシェ・ミンティアだ。
おそらく、今回の出来事は、ルナシェを中心に回っているのだろう。
トントンッと、書類の束を整えて、ジアスはもう一度ため息をついた。
ミンティア辺境伯家は、魔術師が始祖だと言われている。
そして、魔術師を描いた幾枚もの絵画。
そのすべてで特徴的なのが、瑠璃色の瞳だ。
王国には、確かに東方の魔塔に暮らすという魔術師達が魔力を吹き込んだ品がある。
偽物も多いが、本物を手に入れることができれば、実際に魔法は発動するという。
だが、その効果は、恋を叶えるとか、戦いの際に一度だけ持ち主を守るとか、そういったものだ。
いくら魔法の力だと言っても、人生をやり直せるなんて、聞いたこともない。
ルナシェの人を惹きつけて止まない瑠璃色の瞳。
それは、間違いなく、魔術師の血を継いだ証なのだろう。
「助けられたのか、巻き込まれたのか……」
少なくとも、今回の隣国からの奇襲攻撃で、命を失うはずだったジアスに関しては、救われたと言うべきなのだろう。
だが、あるべきものをねじ曲げた先に、待っているものは一体何なのか。
普段のジアスであれば、人生をやり直しているなんて聞いても、絵空事を、と笑うだろう。
ベリアスはロマンチストで人にだまされやすい。仲間を大切にし、一度懐に入れた人間に対する疑いを持ったりしない。
ジアスは、そんなベリアスを支えてきた。
疑うのは、ジアスの仕事だったはずだ。
だが、パズルのピースがはまっていくかのような日々に、現実だと受け入れざるを得ない。
あの日、ベリアスに会うために、はるばるドランクの砦まで駆けつけたルナシェ。
一緒に行えなかった婚約式という名の、ただの酒盛りで、幸せそうに笑っていた。
辺境伯家の深窓の令嬢と聞いていたが、ジアスに挨拶に来たルナシェは、見る人間すべてを引きつけて止まない瑠璃色の瞳に、たしかな意思を宿していた。
扉が叩かれる。叩き方から、扉の前に立ったのが、ベリアスなのだとジアスには分かる。
「どちらにしても、命を助けられた恩……。二人には返さなければな」
机に手をついて、ジアスはなんとか立ち上がった。
この様子だと、戦線に復帰できるのは、ずいぶん先の話になりそうだ。
扉が開く音に、顔を上げる。
そこには、ベリアスとルナシェ、二人の姿があった。
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