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約束の続き、赤い花

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 翌朝、約束の時間きっちりに迎えにきた、ルナシェの兄アベル。

「…………ベリアス様」
「――――今度こそ、まっすぐ帰るように」

 ルナシェが、少しだけ下を向いた。
 この後に起こる出来事を思えば、当然だろう。

「アベル殿。申し訳ないのですが、シェンディア侯爵家からの招待については、すべてお断りください」
「――――理由を聞いても」
「きな臭いもので」
「ちっ。ベリアス殿の生家だろう? そんなところに、かわいい妹を嫁になんて……。今から婚約破棄でも俺はいいぞ? 違約金を払うから、そうしないかルナシェ」

 うつむいていたルナシェは、ドレスの裾をぎゅっと握って顔を上げる。

「――――ベリアス様。私、がんばりますから」
「…………ん? 危険なことはするなよ?」
「大丈夫です! ベリアス様が戻ってくるまでに、できることは全部」

 強く引き寄せられた加減で、フワリと、ルナシェの白銀の髪が泳いだ。
 気がつけば、ルナシェはベリアスの腕の中にいた。

 よい香りがして、幸せで、安全で、それでいて緊張のあまり心臓が痛くなってしまう場所。
 前回は知らなかった、この場所の心地よさを、ルナシェはもう知ってしまったから。
 だから、今回こそ、もう一度この腕の中に戻りたいと、そう誓う。

「……できれば何もするな。本当は、安全で甘い場所に隠しておきたいくらいだ」
「――――手紙を送ります」
「ああ、返事を書こう」
「――――ベリアス様!」

 ルナシェは、ベリアスの腕をぐいっと引っ張ると、背伸びしてその頬に口づけした。
 これが、今のルナシェの精一杯だ。頬に自然と熱が集まっていく。

「私は、いつだって、あなたの帰りを待っていますから」
「そうか……」

 頬に手を当てたベリアスが、微笑んだ。
 ルナシェもつられて笑顔になる。

「――――さ、いくぞルナシェ」
「はい……」

 乾いた風が吹く。ルナシェの長い白銀の髪が、風にながれ、乱れていく。
 ルナシェとベリアスの物語は、今回はまだ始まったばかりだ。

「ルナシェ。冬にだけ白銀の雪の中で咲く、ルナシェみたいな美しい花があるんだ」
「――――ベリアス様」
「いつか、一緒に見に行こう」

 あの日の約束を、ベリアスは覚えていない。
 だから、これは二人が交わす、新しい約束だ。
 そして、果たされることがなかった物語の続きだ。

 ルナシェの瑠璃色の瞳が、まっすぐにベリアスを見つめる。
 ベリアスは、ルナシェの乱れた髪に指先を伸ばして、そっと耳に掛ける。
 その動作は、たった三日間一緒に過ごしたあのときに、ルナシェの髪に赤い花をそっと差し込んだ動作に似ていて、ルナシェは思わず胸元に手を当てる。

「…………今度の冬には一緒に見られない分、そのあと毎年です」
「……ああ、毎年見に行こう」

 ベリアスの心の奥底には、あの日の記憶が眠っているのではないかと、ルナシェはふと思う。
 それは、悲しいけれど、信じてみたくもなる、きらめくような想像なのだった。


 
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