婚約の条件を『犬耳と尻尾あり』にしたところ、呪われた騎士団長様が名乗りを上げてきました

氷雨そら

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看病と告白 2

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 ***

「……」
「……」

 騎士団長様は、お目覚めになったようだ。
 寝起きの金色の瞳が、ぼんやりとこちらを見つめている。
 そっと、額に手を当てれば、昨夜の高熱は微熱にまで下がったようだ。

「……好きだ」

 恐らくまだ寝ぼけているのだろう。騎士団長様が、私をきつく抱きしめて、あろうことか首筋に顔をうずめてきた。

「……いい香りだ」
「えぇ……。仕事帰りでシャワーも浴びていないままですよ?」
「……この姿になってから、以前から微かに香っていた君の香りがさらによくわかるんだ」
「……そ、それは、なんだかとっても」

 狼耳と尻尾だけでなく、嗅覚まで鋭敏になったというのだろうか。
 それにしても、私は一体何の罰を受けているのだろうか。

「……香り?」

 そのとき、騎士団長様が首筋に顔をうずめたまま、ピシリと凍ったようにその動きを止めた。
 急に高まった心臓の鼓動が、こちらにまで伝わってくる。

「ほ、本物……」
「ええ。本物のリリアーヌです」
「……この状況は」
「それは……」

 どう説明すれば良いのだろう。
 堅物だと有名な騎士団長様のことだ。高熱のせいで前後不覚に陥り私を抱きしめて眠ってしまったなんて知ったら、きっと責任を感じてしまう。

「……はあ。君に嫌われてしまうようなことばかりだな」

 そっと離れていく騎士団長様の狼耳がこれ以上にないほどにペッタンコになっている。
 きっと、マントに隠れている尻尾も元気をなくしていることだろう。

 ――けれど私は、騎士団長様のことを嫌いになれそうもない。

 黙って見つめていた私から、少しだけ距離を取った騎士団長様。
 その金色の瞳が、まっすぐに私を捉えた。

「……今さらだが、俺は君が好きだ」
「えっ、あの、その……」
「……すまない。君の趣味嗜好に合わせれば、俺にもチャンスがあるのではないかと」
「……趣味嗜好? チャンス?」

 騎士団長様は、何の話をしているのだろう。
 私の趣味嗜好に合わせる必要なんて、特にないように思えるのに。

「犬耳と尻尾がある人間が、好きなのだろう?」
「……え?」

 改めて、騎士団長様の耳と尻尾を見つめる。好きだ。間違いなく好きだ。
 婚約の申し込みを断るためについてしまったけれど、ときに嘘は真実を映し出すのかもしれない。

「……でも、私、狼耳と尻尾がなくても、たぶん騎士団長様のこと好きだと思います」
「……え?」
「運悪く呪われて、大変だったと思います……。でも、お力になりますから」
「運悪く、ね……」

 自嘲気味に笑った騎士団長様の口元に光るのは八重歯だ。
 以前はなかったそれも、耳と尻尾と相まってとても魅力的に見えてしまう。

「……ところで、騎士団長様、どこにいかれるのですか?」
「熱も下がったことだし、仕事に行く」

 私はベッドから勢いよく起き上がり、騎士団長様の手を掴んだ。
 そして、思いっきりベッドに引き倒す。

「何言っているんですか! 呪いのせいで弱っているのは明らかです! いつも風邪を引かないと言っていたのに、簡単に引いてしまったのですよ! 無理したら大変なことになります!!」
「だが、三ヶ月ぶりに復帰したばかりで、業務が山ほど……」

 それはそうなのかもしれない。
 騎士団の業務を一手に引き受け、さらに人望も厚い騎士団長様のことは、めったに人を褒めない祖父も無条件に賞賛していた。

「……大丈夫です。適任がいます」

 私のことを家から追い出したのだ。これくらいの意趣返しをしても良いだろう。
 先々代騎士団長の職務に就いていた祖父。その唯一の家族である私は安全とは言い切れない。
 そのため、いざというとき祖父と緊急連絡が取れるように渡されている通信魔道具を起動する。

『――――おい、リリアーヌ!? なにがあった!!』

 私がよほどのことがなければこの魔道具を起動しないことを知っている祖父は、すぐに通信に出て慌てた声で話しかけてきた。

「困ったことになりました……」
『今すぐ助けに!!』
「ええ、助けてください。でも、助けるのは騎士団長様が不在になる騎士団です」
『……は?』
「騎士団長様は、呪いで弱っています。療養しますので、おじい様は騎士団長のお仕事を代わりにしてきてください。それでは」
『お、おい……!?』

 通信魔道具を切った私は、ベッドに倒れ込んだままの騎士団長様に笑いかけた。

「良かったですね。不在の間は、ルドルフ・ルードディア卿が助けてくれるようですよ?」
「……あのルードディア卿を、いともたやすく」
「ほら、もう少し横になっていてください」

 騎士団長様に今度こそブランケットをかぶせて、私は職場に休みの連絡をするために退室したのだった。
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