3 / 20
婚約の申し込みと犬(?)耳 1
しおりを挟む***
騎士団長様をご案内し、家に帰ると、珍しいことに玄関に大輪の薔薇が飾られていた。
両親と祖母を失ってから、私が時々飾る以外に、我が家に花が飾られることはなかったのに……。
「どうぞお入りください」
「あっ、ああ……。邪魔する」
なぜか、騎士団長様は、緊張した様子だ。
先々代騎士団長である祖父が家に招くだなんて、よほど深刻な話なのだろうか。
そんなことを思いながら、匂い立つような薔薇へと近づく。
「それにしても、綺麗な薔薇……」
あまりに美しく豪華な薔薇に違和感を覚え、ポツリと呟くと、なぜか騎士団長様が、私から少し視線を逸らして口を開いた。
「気に入ってもらえたのなら嬉しいな……」
「……えっ、騎士団長様からの贈り物ですか!?」
「ああ、手ぶらというのもな。知り合いの花屋に届けてもらったんだ」
「まあ……!! ありがとうございます」
やはりできる男は、気遣いからして違う。
真っ赤な大輪の薔薇は、見ているだけで気持ちが華やぐ。
その金色の瞳が、まっすぐ私を捉えた。
なぜか心臓がドキドキと音を立てて早鐘を打つ。
それはそうだろう。ここまでの美男子に見つめられて、緊張しないなどあり得ない。
見つめ合ってしまい、視線をそらすタイミングを失った私たちに、朗らかな声がかかる。
「おお、ディオルト! よく来たな!」
「ルードディア卿、ご無沙汰しております」
「そうだな……。それにしても、まさか無敗の君が、こんなことになるとは」
「……お恥ずかしい限りです」
「まあ、儂としては喜んでもいるがな」
「……」
確かに、ディオルト様は、無敗の騎士団長と誉れ高い。
祖父の言葉から彼に何かが起こったのだと察した私は、部外者がこれ以上聞いてはいけないと、退室することを決める。
「それでは、私はこれで」
「何を言っているんだ。ここまで来ていただいて、お前が退席したら意味がないだろう」
「え?」
「ん? ディオルト、まさかここに来るまで何も説明しなかったのか?」
「……面目ありません」
静まり返った応接室に、忍び寄る予感。
だって、王立中央図書館の外で私に用事だなんて、一つしか考えられない。
「仕方ない、構わないか? ディオルト」
「ええ、覚悟はできています」
「ところで、リリアーヌ・ルードディア。三ヶ月前の言葉に二言はないな?」
三ヶ月前、といえば騎士団長様が遠征に出掛けたときだ。
そして、その頃私が宣言したことといえば……。
「……ま、まさか」
バサリと音を立てて、フード付きのマントが取り払われた。
ピクリと動いた黒い三角耳に視線が釘付けになる。そして、ゆらゆら揺れているのは、明らかに尻尾だ。
「……犬耳と尻尾」
呆然と尻尾が揺れるのを見つめていた私は、ポンッと肩を叩かれて飛び上がる。
「どうだ? 条件にピッタリだろう?」
「えっ、あの、その」
振り返ると、おじい様は、あまりに良い笑顔で笑っていた。
目の前に実在する犬耳と尻尾、そして三ヶ月前に私は確かに言った。
犬耳と尻尾がない殿方とは、寝所をともにできない、と。
「あ、あの、騎士団長様。私、仕事を続けますよ? 社交とかおざなりになりますし、侯爵夫人なんてとても務まりません!!」
「……」
そう、騎士団長様は侯爵様なのだ。
いくら祖父が先々代騎士団長だからといって、我が家は子爵家。家格が少々釣り合わない。
それに私は、どうしても司書官として働き続けたいのだ。
「ですから、いくら犬耳と尻尾があっても!!」
「……仕事は、続けてほしい。君の才能を俺のわがままで埋もれさせるなんて、王国の損失だ。侯爵夫人として、最低限の社交は手伝ってもらうが、仕事に支障がないよう配慮する」
私は、社交が得意ではない。
子どもの頃から、ドレスやアクセサリーより、本が欲しいとねだっていた。
その社交も最低限、しかも仕事に支障がない範囲で良いという。
「えっ……。でも、結婚したら子育ても」
「確かに、妊娠して出産したあと、しばらくは仕事を休む必要があるだろうが、復帰できるように推薦状を書く。子どもには、あまり関わったことはないが、君に似た子を愛する自信がある。全力で育児をすると誓う!」
「えっ、ええっ!?」
困ったことに、私が司書官になれたのは、実は騎士団長様が、推薦状を書いてくださったからなのだ。
慣れない手つきで子どもを抱き上げる騎士団長様を想像してしまった。
大きな体の騎士団長様に肩車された子どもが大喜びしている。……ありかもしれない。
「司書官がコネがないとなれないなんて、忌むべき悪習ではあるが、君のためならそれすら利用するから」
私の退路は、完全に断たれた。
顔良し、性格良し、権力も財力もすべて持つ王国の英雄、騎士団長様。
しかも、仕事は続けて良くて、育児も全力だという。
「……だから、俺と婚約してくれないか?」
声のトーンが下がると同時に、犬耳と尻尾がペタンとした。
――こうして、私は彼の耳と尻尾を前に完全に落ちたのだった。
「よし、儂はこれで失礼する。あとは、若い二人で」
騎士団長様と二人、応接室に取り残される。
それにしても、騎士団長様が犬耳と尻尾を生やしてくるなんて、誰が予想できるだろう。
「……でも、三ヵ月前に図書館でお会いしたときは、犬耳と尻尾、なかったですよね」
「うっ……。そうだな」
「先ほど、祖父が無敗の君が、こんなことに……と言ってましたね」
「……厄介な災害級の魔獣に呪われたんだ」
聞こえてきた言葉に耳を疑う。
極秘文書を扱う司書官である私は、災害級の魔獣に関する資料にも一通り目を通している。
災害級の魔獣は、時として一晩で王都を焼き尽くすと言われている。
「そんな……。でも、非常招集はかかっていませんでしたよね!?」
「……遠征先で、偶然遭遇したんだ」
「それでは、その耳と尻尾、本物なのですね」
「……ああ」
今まで無敗でありながら、まさか呪いを受けてしまうなんて。
私としては可愛くて好感が持てるけれど、この見た目では職務上支障があるのではないだろうか。
「……心中お察しいたします。でも、自暴自棄になってはいけません」
「俺は、自暴自棄になどなってない」
「……祖父から聞いたのですね? 私が出した婚約の条件を」
「……そうだ。ルードディア卿から聞いたんだ」
おじい様は呪われて姿が変わり、絶望した騎士団長様を言いくるめたに違いない。
「王国中の図書館の文献を紐解いてでも、呪いを解く方法をお探ししますから」
「……君はそんなにも、俺と婚約するのは嫌か?」
「えっ!? 身に余る光栄です」
そう、私みたいな地味な司書官と、騎士団長様が釣り合うはずがない。
落ち着いて考えれば、すぐにわかることだ。
「……俺は、君がいい。だから、この姿のままが良いんだ」
「えっ」
直後、私は騎士団長様に抱きしめられていた。
「ただ、一つだけ君に嘘をついている」
「……嘘?」
「ああ、実は俺を呪ったのは、黒狼の魔獣なんだ」
「……ま、まさか」
「犬の魔獣には、俺に呪いをかけられる種族がいなかったんだ!! だからこれは犬耳ではなく」
『犬耳ではなく、狼耳』
あまり変わらない上に、普段触れないだけ、レアではないだろうか。むしろ狼、ありかもしれない。
そこに気を取られた私は、わざと呪われたかのような騎士団長様の言葉に隠された事実に気付くことが、できなかったのだった。
45
お気に入りに追加
773
あなたにおすすめの小説
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
【完結】いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!
大森 樹
恋愛
天使の生まれ変わりと言われるほど可愛い子爵令嬢のアイラは、ある日突然騎士のオスカーに求婚される。
なぜアイラに求婚してくれたのか尋ねると「それはもちろん、君の顔がいいからだ!」と言われてしまった。
顔で女を選ぶ男が一番嫌いなアイラは、こっ酷くオスカーを振るがそれでもオスカーは諦める様子はなく毎日アイラに熱烈なラブコールを送るのだった。
それに加えて、美形で紳士な公爵令息ファビアンもアイラが好きなようで!?
しかし、アイラには結婚よりも叶えたい夢があった。
アイラはどちらと恋をする? もしくは恋は諦めて、夢を選ぶのか……最後までお楽しみください。
冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~
平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。
ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。
ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。
保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。
周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。
そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。
そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。
日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。
そんな彼に見事に捕まる主人公。
そんなお話です。
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜
楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。
ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。
さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。
(リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!)
と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?!
「泊まっていい?」
「今日、泊まってけ」
「俺の故郷で結婚してほしい!」
あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。
やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。
ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?!
健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。
一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。
*小説家になろう様でも掲載しています
【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します
大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。
「私あなたみたいな男性好みじゃないの」
「僕から逃げられると思っているの?」
そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。
すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。
これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない!
「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」
嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。
私は命を守るため。
彼は偽物の妻を得るため。
お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。
「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」
アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。
転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!?
ハッピーエンド保証します。
みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています
中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。
女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き
待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」
「嫌ですぅ!」
惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。
薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!?
※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる