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婚約の申し込みと犬(?)耳 1

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 ***

 騎士団長様をご案内し、家に帰ると、珍しいことに玄関に大輪の薔薇が飾られていた。
 両親と祖母を失ってから、私が時々飾る以外に、我が家に花が飾られることはなかったのに……。

「どうぞお入りください」
「あっ、ああ……。邪魔する」

 なぜか、騎士団長様は、緊張した様子だ。
 先々代騎士団長である祖父が家に招くだなんて、よほど深刻な話なのだろうか。
 そんなことを思いながら、匂い立つような薔薇へと近づく。

「それにしても、綺麗な薔薇……」

 あまりに美しく豪華な薔薇に違和感を覚え、ポツリと呟くと、なぜか騎士団長様が、私から少し視線を逸らして口を開いた。

「気に入ってもらえたのなら嬉しいな……」
「……えっ、騎士団長様からの贈り物ですか!?」
「ああ、手ぶらというのもな。知り合いの花屋に届けてもらったんだ」
「まあ……!! ありがとうございます」

 やはりできる男は、気遣いからして違う。
 真っ赤な大輪の薔薇は、見ているだけで気持ちが華やぐ。

 その金色の瞳が、まっすぐ私を捉えた。
 なぜか心臓がドキドキと音を立てて早鐘を打つ。
 それはそうだろう。ここまでの美男子に見つめられて、緊張しないなどあり得ない。
 見つめ合ってしまい、視線をそらすタイミングを失った私たちに、朗らかな声がかかる。

「おお、ディオルト! よく来たな!」
「ルードディア卿、ご無沙汰しております」
「そうだな……。それにしても、まさか無敗の君が、こんなことになるとは」
「……お恥ずかしい限りです」
「まあ、儂としては喜んでもいるがな」
「……」

 確かに、ディオルト様は、無敗の騎士団長と誉れ高い。
 祖父の言葉から彼に何かが起こったのだと察した私は、部外者がこれ以上聞いてはいけないと、退室することを決める。

「それでは、私はこれで」
「何を言っているんだ。ここまで来ていただいて、お前が退席したら意味がないだろう」
「え?」
「ん? ディオルト、まさかここに来るまで何も説明しなかったのか?」
「……面目ありません」

 静まり返った応接室に、忍び寄る予感。
 だって、王立中央図書館の外で私に用事だなんて、一つしか考えられない。

「仕方ない、構わないか? ディオルト」
「ええ、覚悟はできています」
「ところで、リリアーヌ・ルードディア。三ヶ月前の言葉に二言はないな?」

 三ヶ月前、といえば騎士団長様が遠征に出掛けたときだ。
 そして、その頃私が宣言したことといえば……。
 
「……ま、まさか」

 バサリと音を立てて、フード付きのマントが取り払われた。
 ピクリと動いた黒い三角耳に視線が釘付けになる。そして、ゆらゆら揺れているのは、明らかに尻尾だ。

「……犬耳と尻尾」

 呆然と尻尾が揺れるのを見つめていた私は、ポンッと肩を叩かれて飛び上がる。

「どうだ? 条件にピッタリだろう?」
「えっ、あの、その」

 振り返ると、おじい様は、あまりに良い笑顔で笑っていた。
 目の前に実在する犬耳と尻尾、そして三ヶ月前に私は確かに言った。
 犬耳と尻尾がない殿方とは、寝所をともにできない、と。

「あ、あの、騎士団長様。私、仕事を続けますよ? 社交とかおざなりになりますし、侯爵夫人なんてとても務まりません!!」
「……」

 そう、騎士団長様は侯爵様なのだ。
 いくら祖父が先々代騎士団長だからといって、我が家は子爵家。家格が少々釣り合わない。
 それに私は、どうしても司書官として働き続けたいのだ。

「ですから、いくら犬耳と尻尾があっても!!」
「……仕事は、続けてほしい。君の才能を俺のわがままで埋もれさせるなんて、王国の損失だ。侯爵夫人として、最低限の社交は手伝ってもらうが、仕事に支障がないよう配慮する」

 私は、社交が得意ではない。
 子どもの頃から、ドレスやアクセサリーより、本が欲しいとねだっていた。
 その社交も最低限、しかも仕事に支障がない範囲で良いという。

「えっ……。でも、結婚したら子育ても」
「確かに、妊娠して出産したあと、しばらくは仕事を休む必要があるだろうが、復帰できるように推薦状を書く。子どもには、あまり関わったことはないが、君に似た子を愛する自信がある。全力で育児をすると誓う!」
「えっ、ええっ!?」

 困ったことに、私が司書官になれたのは、実は騎士団長様が、推薦状を書いてくださったからなのだ。
 慣れない手つきで子どもを抱き上げる騎士団長様を想像してしまった。
 大きな体の騎士団長様に肩車された子どもが大喜びしている。……ありかもしれない。

「司書官がコネがないとなれないなんて、忌むべき悪習ではあるが、君のためならそれすら利用するから」

 私の退路は、完全に断たれた。
 顔良し、性格良し、権力も財力もすべて持つ王国の英雄、騎士団長様。
 しかも、仕事は続けて良くて、育児も全力だという。

「……だから、俺と婚約してくれないか?」

 声のトーンが下がると同時に、犬耳と尻尾がペタンとした。

 ――こうして、私は彼の耳と尻尾を前に完全に落ちたのだった。

「よし、儂はこれで失礼する。あとは、若い二人で」

 騎士団長様と二人、応接室に取り残される。
 それにしても、騎士団長様が犬耳と尻尾を生やしてくるなんて、誰が予想できるだろう。

「……でも、三ヵ月前に図書館でお会いしたときは、犬耳と尻尾、なかったですよね」
「うっ……。そうだな」
「先ほど、祖父が無敗の君が、こんなことに……と言ってましたね」
「……厄介な災害級の魔獣に呪われたんだ」

 聞こえてきた言葉に耳を疑う。
 極秘文書を扱う司書官である私は、災害級の魔獣に関する資料にも一通り目を通している。

 災害級の魔獣は、時として一晩で王都を焼き尽くすと言われている。

「そんな……。でも、非常招集はかかっていませんでしたよね!?」
「……遠征先で、偶然遭遇したんだ」
「それでは、その耳と尻尾、本物なのですね」
「……ああ」

 今まで無敗でありながら、まさか呪いを受けてしまうなんて。
 私としては可愛くて好感が持てるけれど、この見た目では職務上支障があるのではないだろうか。

「……心中お察しいたします。でも、自暴自棄になってはいけません」
「俺は、自暴自棄になどなってない」
「……祖父から聞いたのですね? 私が出した婚約の条件を」
「……そうだ。ルードディア卿から聞いたんだ」

 おじい様は呪われて姿が変わり、絶望した騎士団長様を言いくるめたに違いない。

「王国中の図書館の文献を紐解いてでも、呪いを解く方法をお探ししますから」
「……君はそんなにも、俺と婚約するのは嫌か?」
「えっ!? 身に余る光栄です」

 そう、私みたいな地味な司書官と、騎士団長様が釣り合うはずがない。
 落ち着いて考えれば、すぐにわかることだ。

「……俺は、君がいい。だから、この姿のままが良いんだ」
「えっ」

 直後、私は騎士団長様に抱きしめられていた。

「ただ、一つだけ君に嘘をついている」
「……嘘?」
「ああ、実は俺を呪ったのは、黒狼の魔獣なんだ」
「……ま、まさか」
「犬の魔獣には、俺に呪いをかけられる種族がいなかったんだ!! だからこれは犬耳ではなく」

『犬耳ではなく、狼耳』

 あまり変わらない上に、普段触れないだけ、レアではないだろうか。むしろ狼、ありかもしれない。

 そこに気を取られた私は、わざと呪われたかのような騎士団長様の言葉に隠された事実に気付くことが、できなかったのだった。
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