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第3話 その選択肢は間違っている。

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 カイルは、あの日に負った傷のせいで右足が少しだけ不自由だ。

 普段、そのことを誰にも気がつかれないように注意しているけれど、あの場面にいて、その後もずっと一緒に過ごしてきた私は気がついている。

「――――お願いいたします」

「ローゼ、いつの間に、そんな構え方を覚えたんだ……。その姿、まるで」

 まるで、何ですか。
 それは確かに、私は私の戦い方しかできないですよ。隠すには、今の私とカイルでは、実力差がありすぎます。
 あとは、最近のあなたの模倣です。カイル……。

「勝負!」

 チャンスは一回だけ!

「くっ」

 私の使える魔法は、全属性。左から風の刃がカイルに襲い掛かる。

 ――――威力が思ったよりも弱い!

 まだこの体は魔力の鍛錬が出来ていない。
 実践を繰り返すことでしか、魔力は強くならない。

 ――――くっ、このまま右側に攻撃を。

 白い神様が『思い出したなら、他にすることとかあるでしょう?!』と悶えているのは、きっと気のせいだろう。

 ――――カァンッ

 硬質な音がして、まるで火花が散ったのかと思うほどの衝撃があった。
 私の剣は、この手から離れていってしまった。

 生まれたての勇者が魔王に挑むみたいなものだものね……。

 決闘での約束を、反故にすることは騎士としてできない。
 仕方がない、剣は諦めて、しばらくの間、魔法の鍛錬に時間を費やそう。

「――――負けました」

「ローゼ……。昨日まで、こんな風に剣を扱ったりできなかったのに」

「……カイル。あなたの意見が聞きたいわ」

 たぶんカイルはもう気がついている。
 私が、ローゼではなく、アリアローゼだということ。
 珍しいストロベリーブロンドの髪と、スミレ色の瞳だけではない。日を追うごとに、私の姿はアリアローゼそのものになっていく。
 記憶を思い出した今は、言動や立居振舞すらアリアローゼそのものだ。

「――――アリアローゼ様?」

「カイル……今まで、私のことを守ってくれてありがとう」

 不思議な感覚だ。かつての部下でありながら、カイルはやっぱり育てくれたカイル様で……。大事な家族だ。

「アリアローゼ様!」

 気がつけば、たくましい腕に抱きしめられていた。

 最後のあの日に、命を懸けて助けた幼い騎士は、いつのまにか救国の英雄と呼ばれて、私よりも強くなっている。騎士にしては体が小さい私は、その腕の中にすっぽりと包み込まれてしまった。

 それにしても、普通であれば考えられないような出来事を、すんなり信じてしまう元部下の純粋さが心配になる。
 これではすぐに、騙されてしまいそうだ。

「カイル……。負けてしまったから、約束通り剣は握らないわ」

「いいえ。この剣は貴女のものですから……。それに、剣が使えないなら、魔法で戦うとか言いそうです。魔法の腕も一流だったじゃないですか……アリアローゼ様は」

 ――――見抜かれている。

 そう言うと、カイルは剣を拾い、私の前に忠誠を誓うみたいに跪いた。

「――――あなたの剣とともに……。俺をアリアローゼ様を守る剣にしてください」

「……姫に対する騎士の誓いみたいだわ」

「……そう思ってもらいたいとしたら?」

 驚いた私は、思わず受け取りかけた愛剣を取り落とした。

 どこか遠くから、荘厳な鐘の音と祝福するようなファンファーレがかすかに聞こえてくる。
 間違いなく、白い神様の仕業に違いない。

「――――ふんっ。私を守ろうなどと、偉そうな口を利くようになったものだな! すぐに追い抜かれないようにせいぜい精進すると良い!」

 思わず、女騎士として戦っていた時の言葉遣いが出てしまう。

 こんな女騎士をよく周りは救国の乙女なんて言ったものだ。
 もちろん、照れ隠しなどではない。断じて。

「それでこそ、俺のアリアローゼ様です」

 大人の余裕が感じられるカイルの言葉にかぶせるみたいに『だから、何でいつも選択肢を間違えるんだよ!』という大人げない神様の声が聞こえてきた気がした。
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