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第3章

二度目のキス

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 ミルさん改め、ミル様は、別の馬車で来ているから、と言ってさっさと先に行ってしまった。
 なぜか、シストのことも抱っこしたまま、レナルド様と私は、二人きりになった。

「さ、手をどうぞ」
「あ、はい」

 まるで物語の一幕みたいだ。
 白い正装を纏った騎士様が、馬車に乗るためにエスコートしてくれるなんて。

 レナルド様のエスコートは、巧みで、気がつけば、まるで月面にいるみたいに、フワリと馬車に乗り込んでいた。

 でも、まだ説明すら受けていない私は、戸惑いが隠せない。これからどこに行くのだろう。
 馬車に乗り込むと、斜め向かいにレナルド様が座った。優雅に組まれた長い足は、広い馬車でも少し窮屈そうだ。

「レナルド様……。これからどこに行くんですか?」
「……ピラー伯爵家に。リサは、ピラー伯爵の養女になって下さい」
「え? 何を言っているんですか」

 ミルさんの、義妹になるってこと?

「……そして、俺と婚約してくれませんか? ピラー伯爵家は、歴史が長く、名家だから、ディストリア侯爵家に嫁ぐのに都合がいい」

 私とレナルド様が、婚約という話は、まだ続いていたらしい。そんな話、全く出てこなかったから、立ち消えたのかと思っていたのに。

 どうして、私なんかと、レナルド様は婚約したいのだろうか。

「婚約については、もしリサが嫌なら、後で破棄してくれて構わないですから」
「…………レナルド様にとって、その方が都合が良いのですか?」
「は、俺は。…………リサのことが、好きで。婚約は、俺の一方的な願いだから。選ぶ権利は、リサに」

 侯爵家のお方で、騎士団でも最高峰の強さを持つレナルド様。どうして私の方が、選ぶ立場になんてなれるだろう。

「……直前まで、説明もなしに」
「また、逃げられてしまうかと思ったから。卑怯だと思いますよね」

 レナルド様が、卑怯だったことなんて、一度もない。どれだけ、守ってもらったか。
 レナルド様は、いつだって、自分のことは二の次だった。
 私が首を振ると、あからさまに、レナルド様はホッとした顔をした。

「……でも、現実をちゃんと見てください。私は、レナルド様に相応しくありません」
「……どこが、相応しくないと」
「えっ、身分とか……」
「聖女は本当は、王族とも結婚できるんです。過去に例だって」

 そんなこと、初めて聞きました。
 でも、聖女でなくなった私は。

「……だって私は何もできない」
「守らせて」
「……それに、何も待っていない」
「俺の持つ全ては、リサのものだから」

 本当に困る。レナルド様には、何を言ってみても、言いくるめられてしまいそうだ。

「…………レナルド様が、嫌になったら……。私のことが迷惑になったら、婚約は解消してくれますか」
「そんなこと、永遠にないけど、それでリサが納得してくれるなら、誓います」

 サラリと、私の髪を梳かすように撫でたレナルド様の手。そして、真剣な瞳。
 重い。言葉が重い。
 でも、逃げてばかりの私は、きちんと自分の気持ちを伝えてすらいない。

「…………レナルド様、私」

 ――――あなたが好きです。その一言を伝えようとした瞬間、地響きと共に大きな揺れが起こった。

「この揺れは」

 慌てて立ち上がった瞬間、馬車が大きく揺れる。
 ふらつく体を支えてくれたレナルド様。でも、私は完全にバランスを崩してしまう。

「…………んっ」

 私たちは、なぜか二度目の口づけを交わしていた。初めてのキスは、人命救助だから、たぶんキスのうちに入らない。

 では、二度目のキスは?
 いや、事故だよね、これ。

 混乱したまま、慌てて離れようとしたのに、レナルド様は、長い指で、私の後頭部を押さえて、角度を変えてもう一度、口づけしてきた。

 これはもう、事故なんて言い訳、できない。

 息つぎも忘れてしまうくらい、愛しさにキュウキュウと胸が締め付けられて苦しくなる。
 それなのに、離れたくなくて。

 レナルド様が、本当に好き。

「…………時間切れか。実は手続きは、もう全部、済ませてあります。あとは、リサの気持ちを聞くだけだったから……」
「え?」
「リサは、嫌がるかもしれないけど、俺の最後のわがまま、受け取って貰えませんか?」
「レナルド様?」

 レナルド様が、一枚の紙を取り出す。
 それには、複雑な魔法が幾重にもかかっている。
 その紙に、レナルド様が魔力を流し込む。

「どうか、俺と婚約して下さい。答えは、『はい』それだけしか聞きたくない」
「…………はい」

 その瞬間、淡いラベンダーの炎と、桃色の炎が、混ざって魔法のかかった紙を燃やす。

「愛してる。全てがなくなってしまっても、最後までこの気持ちを持ち続けることだけ、赦して」
「レナルド様? あ、私は」

 額に落ちてきた口づけは、優しく触れて、淡雪みたいに消える。それと同時に、レナルド様の姿も、私の前から消えてしまった。
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