【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら

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第2章

まさか、聖女のキスにそんな副作用が 3

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 そうとなったら、話は早い。
 早く、魅了を解かなくては、このままでは、状態異常が解けた時に、レナルド様が自分の言動のせいで悶えてしまう。

 ロイド様も、状態異常が解けた後、3日間もの間、私と目も合わせてくれなかったのだから。

「状態異常解除……。あっ」

 残念なことに、魔法が発動しない。
 私は、すでに聖女ではなくなってしまった。
 つまり、簡単な治癒魔法しか使えない。

 こうなってしまっては、もう残された手段は一つしかなかった。私は、ポシェットに忍ばせていた、とっておきのガラス瓶の蓋を開ける。

「レナルド様。ごめんなさい!」

 バシャッと、音がして、レナルド様の美しい薄水色の髪に水が滴る。
 もしもの時のために、聖水を作り溜めしておいて、良かった。特にこれは、その中でも自信作だ。

 これで、状態異常が解けるはず。

「……リサ?」
「ひゃ?」

 濡れてしまった髪の毛を、気怠げにかきあげるレナルド様。たぶん、これを見た令嬢たちは、あまりの麗しさにバタバタと倒れてしまうに違いない。
 私も、レナルド様のことを日頃、見慣れていなかったら、倒れたかもしれない。

「あ、あの。濡らしてしまってごめんなさい。……元に戻りましたか?」
「……何がです?」

 首を傾げて、私を見つめるレナルド様。
 大丈夫です。ロイド様も、魅了が解けた後は、しばらく呆然としていましたから。

 それなのに、その後も、レナルド様と私の距離は、信じられないくらい近いままだった。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 月すら出ない真夜中。
 遠くに聞こえるフクロウの鳴き声。この世界の夜は、あまりに暗いから、私はいつも、怖くて、なかなか眠りにつくことが出来ない。

 でも、今夜は違う意味で眠れそうにない。

「あ、あの……。レナルド様? 私そろそろ、寝ようと思うのですが」
「リサ、俺が見ているから、安心して眠って下さい」
「えっ」

 寝られませんっ!
 どうして、当たり前のように、部屋の端で控えていようとするんですか?
 むしろ、寝ない気ですか?

「……あの。レナルド様の方が、私より本格的に呪いに蝕まれてましたよね? 体に負担がかかってますよね?」
「常日頃、鍛えているので」
「鍛えていても、ちゃんと休んで下さい」
「…………来たか」

 暗闇の中で、ラベンダー色の瞳が、魔力を帯びて煌めく。

「リサ、大丈夫だから、ここにいて下さい」
「……え?」

 どうして臨戦態勢なのですか?

 その言葉、全く大丈夫だって、思えないです。
 トラウマになっているのかもしれない、レナルド様の『大丈夫だから』という言葉が。

 トンッと、軽く跳躍したレナルド様が、私のいるベッドを飛び越えて、窓を開け放つ。

「ここ、3階……」
「そこにいて」

 体を屈ませて、窓枠に足を掛けたレナルド様は、振り返ることなく飛び降りた。
 その、聖女の守護騎士だけが纏うことを許される、藍色のマントが、ふわりとひらめく。

 そう、この世界に来てから、無意識に寝ている時にすら結界を張り続けていた私は、理解できていなかったのだ。
 聖女の恩恵をほとんど失った自分が、どれほど危険に晒されているのかを。

 くぐもった声と、剣が交差する甲高い音が、暗闇から聞こえてくる。

 それはおそらく、時間にしてほんの数分のことだったに違いない。窓に近づくことも出来ずに、震えながら、レナルド様を待つ。

 ややあって、どうやって上がったのか、窓からレナルド様が、トトンッとほとんど音も立てずに、戻ってきた。

 その頬には、小さな擦り傷。
 レナルド様に、傷を負わせるなんて、よほどの手練れでなければ、不可能だ。
 たぶん、レナルド様が、そばに控えていてくれたから、私は無事なのだ。

「レナルド様は、私を守るために?」

 そっとレナルド様のそばに寄る。
 そして、私はその頬の傷に手を当てて、回復魔法を使った。

 良かった。回復魔法は、使えるみたい。
 桃色の光が溢れると、見る間に、傷は小さくなって、消えた。私は心から、安堵の息を吐く。

「せ、いじょ、様」
「レナルド様?」
「り、さ」

 それなのに、傷が消えた瞬間、レナルド様は、ひどく辛そうに顔を歪め、なぜかとても苦しそうに喉元に手を添えて、私の名を呼んだ。
 頬に触れていた私の手が、そっと掴まれて、なぜか手のひらに口づけされる。

「………………リサ。聖女の魔法、もう使わないでくれませんか」
「え? なぜですか」
「俺が、守るから。そばにいて、守るから。もう、聖女になんて、ならないで」

 なぜか、レナルド様が、泣きそうに見える。
 婚約を申し込んだり、距離感がおかしかったり、いつも私から一定の距離をとって、微笑んでいた守護騎士様と、同一人物なのだろうか?

 でも、ようやく私にも理解できてしまった。
 聖女の力を持たない私は、本当にこの国にとって、いらない存在なのだと。
 この王国の秘匿されるべき情報を、たくさん知ってしまった私は、多くの人に狙われる立場になってしまったのだ。

 このまま、ここにいたら、どうしてもレナルド様の負担になってしまう。

「婚約して欲しい」
「……責任なんて、取らなくても」

 少しだけ、浮かれてしまっていた。
 大好きで尊敬するレナルド様が、私を守るために婚約を申し出てくれているなんて、ほんの少し考えれば、わかることなのに。

 真面目なレナルド様のことだ、婚約するからと、無理に距離を詰めすぎて、おかしな距離感になっていたのだろう。

 レナルド様は、壁に寄りかかったままだ。
 軽い寝息が聞こえるから、立ったまま寝ているのだろう。

 このままでは、ダメだ。
 私は、密かに覚悟を決めたのだった。
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