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第1章
聖女召喚されましたが、中継ぎらしいです 1
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学校に向かう途中、友達と談笑していたら、急にぽっかりと、道路に穴が開いた。
気が付けば、たくさんの人に取り囲まれて、私はペチャリと、床に座り込んでいた。
周囲の人たちは、私のことを好奇の目で見ている。
ドレスを着た人たちは、ゲームや物語の中みたいな恰好をしている。
戸惑う私に、一段高いところにいる、おそらく国王陛下と思われる格好をした人が、話しかけてきた。
「召喚に成功したか。まあ、魔人が現れるという予言の日まで、あと100年ある。中継ぎの聖女とはいっても、国に聖女がいないというのも体裁が悪いからな」
「――――え?」
この状況を、どう判断すればいいのだろうか。
異世界転移、聖女召喚……。
おそらく、それらの言葉がこの状況にはあっているように思われる。
「あれが聖女……。ずいぶん平凡な見た目ですわね」
「――――100年後であればもてはやされるのだろうがな」
でも、聖女として召喚した割には、すでに私のことをぞんざいに扱うような空気が、周囲に漂っていた。
「レナルド・ディストリア卿。ディストリア家が、今回の担当だったな? まあ、中継ぎではあっても、聖女は聖女。不本意やもしれないが、守護騎士の役目を全うするように」
「は……。陛下のお言葉の通りに」
私の顔をちらりと見て、「平凡な娘だ」とつぶやくと、興味がなくなったみたいに、国王陛下は去っていく。説明もないまま、急に知らない世界に放り出されてしまった私は、ただ茫然とその姿を追いかけるしかなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そのあと、私には王宮の中ではそれなりに、私にとってはとてつもなく豪華な一室が与えられ、専属の侍女もついた。
「聖女様、何なりとお申し付けください」
「えと……。私は、理沙と言います。よろしくお願いします」
「――――聖女様。そのお名前は、神聖なもの。ご本人であっても、簡単に口にしてはいけません」
ピシャリと私にそう言うと、侍女は退室していった。
このやり取りの後、私は侍女にものを頼むのをためらうようになった。
名前を言ってはいけない……。では、これから、聖女と呼ばれるのだろうか。
そして、それ以上に気になることに、部屋の端っこに、直立不動で騎士が一人控えている。
「あの……」
「私はレナルド・ディストリアと申します。聖女様の守護騎士を拝命いたしました」
「――――あなたも、私のことを名前で呼んではいけないの?」
「もちろんです。聖女様。そうですね、では、守護騎士の誓いを……。一度だけ、その神聖な言葉を口にすることをお許しください。守護騎士として授かった栄誉、この剣に誓い、リサ様をお守りいたします」
シーンと部屋の中に静寂が広がる。もう、静かすぎて耳が痛い。
「赦しますと、ただ一言」
笑顔で告げている割には、有無を言わせぬ雰囲気を感じる。
侯爵家のお方らしいものね。貴族の威厳というものなのだろう。
「あの。ゆるします?」
その瞬間、私の足元から桃色の光があふれ出した。
その光は、レナルド様の剣に吸い込まれていった。
それは、私が発動した、初めての魔法だった。
初めて魔法を目の当たりにした私は、目を丸くしてその光景を見つめるしかなかった。
あとから、聞いた話では、守護騎士というのは一生に一人しか持つことができないし、守護騎士になれるのもたった一回だけ。
なぜ、そんな貴重なことを即断即決してしまったのかと、後日レナルド様に聞いてみたけれど、少し口の端を上げただけで「後悔していませんよ? それに、聖女様のはじめての魔法を頂いてしまって、逆に申し訳なかったかもしれませんね」という返事があっただけだった。
しばらくして、侍女が交代になった。
侯爵家で働いていたという、リーフという侍女は、私のことをとても大切にしてくれる。
リーフは数少ない、私の味方でいてくれて、それでいて侯爵家の教育レベルが、本当に高いのだと私を何度も感心させた。
今日のドレスも、リーフが選んでくれたし、黒髪も重くなり過ぎないように、ハーフアップにまとめてくれているのだった。
おしゃれをしたところで、聖女は一人で食事を食べる。
相変わらず、私の斜め後ろには、レナルド様が控えている。
「――――食べている姿を見ていて、おなか空きませんか?」
「ふ。空きませんよ。鍛えていますから」
鍛えていてもいなくても、空腹になることは、変わりないと思うけど……。
そう、首をかしげながらも、私は待たせてしまうのは申し訳ないと、急いで食事に手を付ける。
聖女は、お肉を食べてはいけないと、食卓に上るのは野菜ばかりだった。
幸いなことに、卵は食べてもいいらしい。
でも、残念なことに、ぞんざいに扱われていることを示すように、野菜とパン以外が食卓に上ることはない。
「よろしければ、こちらもお召し上がりください。俺のと同じで申し訳ないのですが」
そんなことを言うレナルド様が、卵料理をなぜか侯爵家から持ってきてくれるから、栄養は何とか取れそうではあった。
そして、聖女の朝は早い。
神殿を訪れて、祈りをささげる。
神様が答えてくれるわけではないけれど、初めて祈りをささげた時に、私の左肩上に、なぜかプレゼントボックスが浮かんだ。
「――――封印の箱、やはり本物の聖女なのだな。まあ、そんな箱、魔人の存在がなければ、何の役にも立たないが」
プレゼントボックスは、封印の箱というらしい。
神様は、答えてくれないけれど、なぜか時々その箱が、私に話しかけてくるようになった。
『僕はシスト。理沙よろしくね?』
シストは、箱の形をしているけれど、唯一私の名前を呼んでくれる存在だ。
私は、心を許して、何でもシストに相談するようになっていった。
そんなある日、魔獣が大量発生したという知らせが、王宮に届けられた。
聖女の役目は、祈るだけではない。
この国の平和のために、その力を捧げるのが、役目なのだと、ある日突然、旅立ちを強要された。
「――――聖女というより、勇者よね」
それでも、きちんとした装備が与えられて、資金も用意されたのだから、ましなのかもしれない。
そして、そうやって出かける私の後ろには、もちろんレナルド様が当然のように付き従う。
「レナルド様は、侯爵家のお方なのですよね?」
「その通りですね」
「――――私なんかに、ついてくる必要ないのでは?」
「聖女様の守護騎士が、おそばを離れるはずもないでしょう」
最近、私に笑いかけるようになってきたレナルド様は、笑うと急に幼く見える。
そう、私とほとんど年齢が違わない18歳だというから、驚く。
何度も死地から生還を果たすような経験をしているらしい、レナルド様は、私みたいな甘い考えをしていないのだろう。大人に見える。
「どうして守護騎士になったんですか。断ることができたって、皆さん言っていましたよ」
皆さんというか、王宮でレナルド様を慕っているらしい、一部の令嬢たちに囲まれた時に聞かされた。
たしかに、聖女の守護騎士の順番に当たっていたものの、ディストリア侯爵家の力なら、ほかの貴族に代理を頼むという選択肢も可能だったらしい。
100年後に召喚される、本当の聖女の守護騎士になるのは、最高の誉れだとしても、私みたいな中継ぎ聖女なんて、レナルド様の価値を落としてしまうのだとも……。
でも、私だって、好きでこの世界に来たわけじゃない。
戦いだって、したことない。
旅に出て戦うなんて、怖いよ。
「――――その顔」
「え?」
「この世界に呼ばれた時にも、不安そうなその表情をしていましたよね。……聖女様が戦いの場に立つ必要はありません。そのための守護騎士です。どうか、代わりに戦うように命じてください」
騎士様というのは、そういう生き物なのだろうか。
不安そうな淑女を、放っておいたりしないのだろう。
まあ、いくら毎日礼儀作法や聖女としての立ち居振る舞いを学び続けているからって、淑女にはまだ到底及ばないのだろうけれど。
それでも、私はレナルド様に笑いかけた。
心配かけたくないし、いつも陰に日向に守っていてくれていることを知っているから。
そして、なけなしの勇気を振り絞って、「私も戦います」と返事をする。
その言葉を告げた途端、心底驚いたとでもいうように、レナルド様は、そのラベンダー色の瞳を彩る髪の毛と同じ淡い水色のまつ毛を瞬いた。
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