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もう一度会えたなら 2

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 それからは、あっという間だった。
 ティアーナは、ロンド国民の強い願いにより処罰を受けることを免れて、戦勝国バラントの騎士団長であるライハルト・ディールスに監視と保護という名目で預かりの身となった。
 国境を越えて、記憶に残る懐かしい祖国に足を踏み入れた瞬間は、なんとも言えない感慨がティアーナの心を占めた。

 ライハルトは、すでに王城から独立して、王都に屋敷を持っていた。
 今は、ディールス公爵を名乗っているという。

「――――今後のことを打ち合わせましょう。とりあえず、そこに座ってください」
「…………ええ」

 戦後の処理のため、ライハルトはしばらく屋敷に帰ってくることがなかった。
 その間も、ティアーナは、親切な侍女たちに囲まれて、何不自由なく過ごしていた。
 だから、あの日以降初めてだ、こんな風に向き合うのは。

 そう言いながら、ティアーナはどうしてこうなったのかと戸惑いを隠せなかった。
 騎士団長であり王弟、ライハルトが、ティアーナの保護を強く訴えてくれたおかげで、こうして無事にいられるのは間違いないのだろうが……。

 ――――意識してしまう。だって、あんな未来視。

 その指先を見つめるだけで、お腹の下が切なくうずいてしまいそうになる。
 ……大好きだった元幼馴染みだったのだと、認識してしまった今となっては、戸惑いが大きくなるばかりだ。

 その時、ライハルトが、何気なく上着のボタンを外し、ソファーに投げた。
 ティアーナの口から出てしまったのは、無意識の幼馴染みとしての言葉だった。

「あっ、そんなことしたらしわになるって、侍女が苦労するって、いつも言っているのに!」
「…………え?」

 訝しげな声を上げ、ライハルトが、ティアーナを振り返った。
 その瞳は、なぜか見開かれて、ティアーナを凝視している。

「あ、あの! 大変失礼いたしました」
「…………ティア」

 切なく歪められた口元から、懐かしい名前が紡がれる。
 当時、側妃から生まれた第三王子、ライハルトと、公爵家令嬢のミリティアは、幼馴染みであり、学友であり、生まれたときからの婚約者だった。

 通常であれば、王子に掛けるような言葉ではなくても、二人きりの時はミリティアが気安く過ごしてくれることをライハルトはいつでも望んでいた。

「ライハルト・ディールス公爵……」
「…………いや、そんなはずないな。失礼した」
「――――どちらにしても、上着は掛けましょうか」

 今となっては、敗戦国唯一の王家の直系であるティアーナは微妙な立場だ。
 ライハルトの一存で、もろい足場はすぐに崩れるに違いない。
 それでも、完璧な幼馴染みが、ミリティアの前で見せた姿。
 その姿を、ティアーナにもみせてくれたことがうれしくて、おもわず手を出し上着をきちんと掛ける。

「本当に失礼した……。なぜかわからないが、あなたと二人になった途端に気が緩んでしまったようだ」

 ライハルトは、それだけつぶやいて、うつむいた。
 幼馴染みの関係だったときには、一つや二つ言い返してきていたのに、とティアーナは少しさみしさを感じる。

「お気になさらず……。それで、私の今後についてなのですが」
「ああ。俺の婚約者になることが決まった」
「――――は」

 短く息を吐き出して、その後、空気を吸うのを体が忘れてしまったようにティアーナは息を詰めた。

「こ、婚約者……ですか?」
「ああ……。こんなに年が離れた男が婚約者だなんて申し訳ないが、隣国ロンドをそのままにするわけにも行くまい。いまだに、ティアーナ姫は国民から絶大な信頼を得ている。そして、その未来視の力も……。そのまま自由の身にしておく訳にはいかないというのが、この国、そして陛下のお考えだ」
「…………ディールス公爵、あの、結婚されていないのですか?」
「以前、婚約者はいたが、その後は誰とも……。婚約者になろうと、まだ幼い君に手を出すつもりはない。だから君も、情勢が安定するまでの間、俺のことを利用してくれればいい」

 その言葉に、ティアーナの心中に湧き上がったのは、仄暗い喜びと、悲しみと、胸が締め付けられる苦しさと……。

「だ、だから! 私は子どもではないって、言っているではないですか!」

 そう、対等でありたい幼馴染みから、子ども扱いされてしまった、大いなる怒りだった。


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