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正統な王位継承者と聖女の心の中

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 夢を見ていた気がする、と目を開けたミシェルは思った。
 でもそれは、朧げで霞のようにとらえどころがないいつもの夢とは違い、あまりに温かくて、抱き留められた感触がはっきりと残るような夢だった。

「シグル様」
「ミシェル様!」

 目覚めた場所は、通いなれた大神殿だ。
 聖女としての教育は、王城とこの場所で行われていた。

「サイラス様、ルシェロさん?」

 二人がそろっているなんて、珍しい。
 ミシェルは、大きな祭典以外で、二人がそろっている姿を初めて見た。

「あの……。あ! 魔獣は?! それに、ルシェロさん、毒矢を」

 ガバリと起き上がったミシェルは、クラリとよろけた。
 そうだ、結界を構築するために、魔力のほとんどを使ってしまったのだった。

 なぜか、神官服を着こんだルシェロ。
 長身で鍛えられた体躯だが、神官服も着こなしてしまうのは、強面であっても整ったその美貌のせいなのだろうか。

 神官服の左肩には、血の跡が残っている。
 けれど、それはもう乾ききっていて、新たな出血はないようだ。

「毒消し……使ったのですか? 無事でよかったです」
「覚えていないのか?」
「え?」

 そういえば、意識を失う前、たしかにシグルに抱き留められた。
 
(夢の中の出来事では、なかったの?)

 たしかに、シグルの毒は周囲の魔獣から、その命を一瞬にして奪い去った。
 けれど、毒を振りまいている様子もなかった……。

「どういうこと?」
「俺が聞きたいくらいだ」

 顔を見合わせるミシェルとルシェロ。
 その横で、サイラスが思案気な顔をしている。

「ミシェル様、ルシェロ殿。一つだけどうしてもお伝えしないといけない事が」
「――――サイラス様?」
「シグル第一王子殿下が、結界の外に出た瞬間、精霊王が告げる王位継承の順位が入れ替わりました」

(ああ、やっぱりそうなのだわ)

 ミシェルも、理解していた。
 シグルこそが、本当は正当な王位継承者なのだ。
 けれど、あの結界は精霊が作った特別製だ。

 あの中は、精霊の世界にいるのと変わらないのだろう。

 そして、それ以上にミシェルが気になるのは、シグルのことだった。
 今まで、結界の外に出ることで、自身の毒が王都の民に被害を与えてはいけないと、決して外に出ることがなかったシグル。
 どんな方法で出たのかが気になるが、その体に負担がかかる方法だったのは間違いない。

 温かかった体温は、もう消えてしまって、抱きしめられた感覚すら消えかけている。
 それでも、諦めかけてもう一度与えられた熱のせいで、寒さをより強く感じる。

「ところで、ルシェロさんを毒矢で射た人間は」

 振り返ったミシェルが発したのは、もっともな疑問だ。

「もちろん、もうすでに掴んではいますよ」
「……? おい、ずっと俺といただろう?」
「――――精霊王が教えてくださいますから」

 聖女であるミシェルよりも、予言の力に関しては大神官であるサイラスのほうがはるかに優れている。
 それは、祈りに費やした時間のせいかもしれないし、精霊王の御心というものなのかもしれない。

「第二王子殿下と、ララ・リーム伯爵令嬢。正当な王位継承者と、聖女がいなくなれば、王国を自分の者にできると思っているのでしょう。けれど、精霊王はそんなことを、もちろん望んでいませんから」

 それなら、なぜシグルは毒のせいで、あんな場所で過ごさなければいけないのか。
 ミシェルは思わずそう叫びたくなった。
 だが、精霊王には精霊王の考えがあるのかもしれない。

「――――騎士は、裏切り者を許しはしない。この件は、俺に任せてくれないか?」
「そうですね。私には戦う力があるわけではありませんから。ルシェロ殿が、適任なのでしょう」

 静かに過ぎていた時間は、終わりを告げようとしている。
 魔獣の脅威にさらされたままの王都。聖女が倒れることの意味を、ミシェルがわからないはずもない。

 ミシェルは聖女としての自分の役割を、痛いほど理解している。
 自分のように魔獣によって、故郷を失う子どもたちを、これ以上増やしたくないから。
 そして、聖女は王国を愛しているのだから。

 それでも、心の中の半分以上は、シグルへの気持ちで占められてしまっている。 
 そのことを、ミシェルは否定することが出来ないのだった。
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