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大神官と先代聖女 1
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ルシェロは、乱暴に左肩に刺さった矢を抜いた。
そして、いとも簡単に、次に放たれた矢を切り落とす。
「――――犯人を捕まえたいが」
見回してみても、分断された二人の周囲に、味方の姿はない。
これも、仕組まれたことなのだろう。
「気に入らないが、サイラスの元へ行くしかないか」
おそらく、今日もサイラスは大神殿の奥で祈りを捧げているだろう。
大神殿は、王都の南端だ。
やはり、サイラスはあの後、体調を崩して床についたが、目を覚ませば祈りを、夢の中でも祈りを捧げているのだという。
「――――うん。俺には理解し難い」
こげ茶色の髪をぐしゃぐしゃ乱す。
さすがに、魔獣の血か、自分の血か分からない血が固まりつつある髪の毛は不快だ。
「――――風呂も借りるか」
神殿と騎士団は、仲が悪い。
しかし、神殿の最高位は、聖女だ。そして、続くのは大神官。
騎士団長であるルシェロが押しかければ、大神官サイラスは、嫌な顔をするだろうが、聖女ミシェルを助け出したのだ。断ることは、ないに違いない。
ヒョイと、軽いものでも持ち上げるように、ミシェルを抱き上げたルシェロは、走り始めた。
***
ほんの少し時間は遡る。大神殿では、奥に納められた聖杯の前でサイラスが祈りを捧げていた。
「っ……そんな」
祈りが中断される。金色の光が祈りの間に舞い散る。
信じられないことを知ったように、舞い散る花弁のような光と同じ色をしたサイラスの瞳が見開かれた。
「一瞬だけ、王位継承順位が入れ替わった……」
王位継承順位は、王家が定めるのではない。
精霊王が告げるのだ。聖女に。あるいは、大神官に。
だからこそ、聖女と大神官は、王族と並ぶほどの権限を持つ。
大神官の上にいるのは、国王陛下と、聖女と、精霊王だけだ。
「……つまり」
思案するサイラス。しかし、ざわめきとともに、締め切られた神殿の最奥の扉が乱暴に開かれ、その思考は中断される。
「困りますぅ!」
たれ目のまだ年若い神官が、半泣きで縋り付いているが、その人間は止まる気がないようだ。
「――――騒がしい。しかも、それだけの血に汚れた姿で、大神殿に上がってくるとは……。さすがに、神の御心を解さない騎士団の長ですね」
「ああ、すまん。だが緊急事態だ」
「――――はぁ。そのようです。とりあえず、聖女様は私の私室の寝台に寝かせてください。そこが一番安全でしょうから。さ、バロン。案内しなさい」
泣きそうな様子だった、年若い神官バロンは、露骨にほっとした顔をすると、騎士団長ルシェロを案内した。
ルシェロが去ったとたん、また神殿には元の静けさが取り戻された。
「……そして、このタイミングで現れた騎士団長」
大神官として纏っている衣装のフードを外すと、銀色の髪が零れ落ちる。
金色の瞳は、普段穏やかに細められているのに、今日はどこか剣呑な光を宿しているようだ。
「――――今の王位継承者は、偽り。ということなのでしょうね」
長い溜息、そしてサイラスは珍しく、過去の思い出に意識を向けるのだった。
***
サイラスが、シグルを見たのは、十年前。
まだ、先代聖女が存命だったころの話だ。
あの時は、まだサイラスは一介の神官でしかなかった。
そんなサイラスに、あの日第一王子シグルを連れた先代聖女は近づいて「そうだったの。あなたが、次代の大神官だったのね」とほほ笑んだ。
「そんなわけないでしょう」
いくら聖女の言葉だとしても、サイラスには信じることなどできなかった。
そもそも、サイラスがこの場所にいるのは、破壊の恩恵のせいなのだから。
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