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再会と啓示 2
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時は、戦線が崩れる少し前だ。
「シグル様」
「……なんだ」
返事をするだけましだろう。
食事もまともに摂らず、かといって死ぬこともできない。
どちらかといえば、人間の中では、精霊に近い存在なのかもしれない、シグルは。
「戦線が、崩れます」
その変化は、鮮やかだった。
ただ、遠くを見ていた闇色の瞳に、焦燥が浮かぶ。
「っ……なにをしているんだ、ルシェロは?」
「毒にやられました。裏切りですよ。第二王子は、どうしても聖女が邪魔なようです。どうしますか」
「……俺には、何もできない。俺が外に出たら」
「言い換えましょうか。……どうしたいですか」
初めてかもしれない、出会ってから、その意思が、シグルの瞳に宿ったのは。
「救いたいに決まっている」
「……はぁ。これは、人間がいうところの、絆されたという状態なのでしょうか」
「カルラ?」
こんなに、カルラとシグルが真っ直ぐ見つめ合うのも、初めてなのかもしれない。
カルラ自身も、不思議に思っていた。
なぜ、カルラは、未だにシグルのそばに、いるのかと。
先代聖女の、シグルを救ってほしい、という願いは、あの時もう叶えたはずなのに。
「失敗した場合、死んでもいいですよね?」
「……厭わない」
「まあ、死なないかもしれませんけど」
カルラは、シグルの横を通り抜けながら、一度だけぐしゃりとその頭を撫でた。
それは、二人の出会った時の再現だ。
「カルラ?」
ポカン、とカルラを見上げたシグルの表情すら、あの時と同じだ。
「精霊の力を、もう一度、分けてあげますよ。少しの間だけ、その恩恵も抑えられるでしょう」
あの日、先代聖女の祈りに応えて、カルラはこの地に舞い降りた。
もちろん、祈りに応えたのは、シグルの魔力が気に入ってしまったというのもある。
そして、母を失い取り残された小さなシグルに、一度だけカルラは触れた。なぜそうしたのか、カルラには、今でもよくわからない。
それでも、それが、二人の関係の始まりだ。
その日から、他の精霊と違い、カルラは人と同じ形をとるようになった。先代聖女のイメージ通りの執事の姿を。
そして、精霊の力は減り、代わりに人が持つ魔力を手に入れた。
「カルラ、お前」
「あと一度きりです。だから、騎士団長に、ふざけるな、ちゃんとやれ、と言っておいてもらえますか?」
精霊は、人間に触れることが、許されない。人と精霊を隔てる手段はそれしかないから。
かつて、その線引きを越えた精霊は、現在精霊王と呼ばれている。精霊というには、あまりにも人間側に寄りすぎた存在だから。
順位など関係ないはずの精霊なのに、王と呼ばれるのもそのせいだ。
「すまない」
「……シグル様に、触れるのも、すでに2回目ですからねぇ。本当に、次あたりは、精霊ではなくなってしまいそうです」
先ほどより、どこか人間臭い印象のカルラ。その体からは、人の待つ魔力が香る。
「早く帰ってきてください」
「ああ」
転移魔法なんて、高度な魔法を簡単に使いこなして、目の前から消えたシグル。
シグルがいた場所を、金色の目を細めてカルラは見つめる。相変わらず、風も吹かないのに、その水色の髪をなびかせながら。
「うーん。さっきまでは、当たり前のように見えていたんですけどね」
精霊の力を半分以上失ったカルラには、今までのように未来が手に取るようには見えない。
「でも、暗闇の先には、一筋の希望の光が見える。そんな気もします。それに、わからないというのも、楽しいものです」
精霊にも個性があるに違いない。それともそれは、人と触れ合いすぎた弊害なのか。
どちらにせよ、カルラは主が不在の部屋で、いつものように食事の準備を始めたのだった。
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