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うわさの前辺境伯夫人 3
しおりを挟むそのまま、手を引かれて王宮のどこまでも続く赤い絨毯の廊下を進んでいく。
半ば強引に腕に回された手。
少しだけ早い歩調に、いつもどれだけ合わせて歩いてくれていたのかを知る。
「レザール様……」
「……王宮が危険な場所だなんて、十分知っているはず。どうして一人で来ようなんて」
「――――ご迷惑をかけたくなかったんです」
「なぜ? むしろ、この場所が危険だと分かっていながら、あなたを求めてしまったのは俺のほうです」
ささやくような二人の会話。
どこか怒りを滲ませた声音。
大きな扉の前で、その歩みがピタリと止まる。
「……俺では、頼りになりませんか」
「え?」
驚いて思わずレザール様のことを見つめてしまう。
三年前、守ってあげたいと思った幼い少年は、魔術師団長になって、私よりもずっと高くなった目線でこちらを見下ろしている。
「…………レザール様のこと、守りたいのです」
「……そうですね。フィアーナは、そんな人だ。だからこそ、俺はあなたのことを……」
その時、二人の会話を中断するように扉が開く。
扉正面、重厚な造りの椅子に座っているのは、国王陛下だ。王妃殿下の姿はない。
「…………」
黙ったまま、深く礼をする。
レインワーズ公爵家令嬢フィアーナとしてこの部屋に招かれたのは、ラペルト・ウィールディア殿下との婚約が決定した幼い頃、ただ一度だけ。
「よく来てくれたな。顔を上げなさい」
久しぶりに聞いたその声は、レザール様とよく似ていた。
顔を上げれば、微笑みながらこちらを見下ろす国王陛下。
「――――お招きいただきありがとうございます」
「……リーフ前辺境伯夫人。いや、リーフ前辺境伯との関係は、聞き及んでいる。フィアーナ・レインワーズ公爵家令嬢と呼んだ方がいいだろうか」
「リーフ前辺境伯夫人とお呼びください」
少なくとも、私にとって家族と呼べたのは、レインワーズ公爵家ではなくリーフ辺境伯家の人たちだ。
だから、名乗るならリーフ姓がいい。
「そうか……。ところで、末の息子はわがままなんて言わない人間でな」
「え……?」
国王陛下の末の息子といえば、もちろん我らがレザールきゅんしかいない。
そんな話題が急にふられたことで、動揺しながら斜め右方向に顔を向ける。
そこには、真剣な表情のまま国王陛下を見つめるレザール様の横顔があった。
「…………先の、魔獣討伐の褒美がまだだったな。魔術師団長レザール」
「は。欲しいものは一つしかありません」
「ああ。何でも申してみよ」
なぜ、国王陛下は息子であるレザール様のことを、魔術師団長と呼んだのだろうか。
そのことに首を傾げながら、二人を交互に見比べる。
国王陛下は、レザール様が、年を重ねたらこんな風になるのかというようなイケオジだ。
大人になるにつけ、似てきた二人の父子。
けれど、父子というには、あまりにも遠い二人の距離。
「……リーフ前辺境伯夫人との婚姻をお許しください」
「……王族が、他の人間と婚姻関係にあった者と結婚することは出来ない。ましてや、廃嫡となった王子の婚約者だった女性だ」
「――――俺は、それ以外の何も望みません」
「……そうか」
会話に入ることも出来ないまま、切り上げられてしまった問答。その意味は。
急に国王陛下は椅子から立ち上がって、こちらに歩み寄った。
「……これから先、王族を名乗ることはないのだな」
「ええ、そうですね。彼女を迎えるためにふさわしい位を与えてくだされば」
「ウィールリーフ公爵を名乗るがいい。北の地を与えよう」
「……ありがたき幸せ」
北の地とは……。
意味が理解できないまま、レザール様を見つめていると、少し暗い瞳がこちらを向いた。
北の地って、魔獣ばかり出てくる、レザール様ハッピーエンドで、悪役令嬢が送り込まれる……。
(えっと、エンディングでは一行だけ、そこで悪役令嬢は魔獣に襲われて命を失ったと……)
「あ、あの……」
物語は、まだまだ続くというのだろうか。
悪役令嬢の断罪先に末の王子を巻き込んでしまったのではないか。
震えていると、国王陛下が信じられないことを言う。
「北の地、ウィールリーフ。以前であれば魔獣で危険だったあの地は、レザールを筆頭に平定された。鉱物資源も豊富だ。誰かほかの人間に渡してしまうのは、惜しいからな。よい大義名分になるだろう」
「……ええ」
レザール様について、集めたときに一番初めに手に入れた情報が脳裏をよぎる。
――魔術師団長として戦えば、誰よりも強く、いつも戦いに明け暮れているらしい。
(それって、もしかして北の地を平定するためだったの?)
「陛下。話は以上でよろしかったでしょうか……」
「いや、もう一つある」
深刻な表情と声音。
知らずに緊張が走る。
「聖女が、幽閉されていた塔から姿を消した」
「すでにその情報は、耳に入っております。管理が行き届いていなかったこと、魔術師団の長としてお詫び申し上げます」
「……気をつけろ」
「ありがとうございます。……父上」
「はは。お前に父と呼ばれるのは、初めてだな。レザール」
「それでは、失礼いたします」
それだけ言うと、レザール様は私の手を引いて、国王陛下に背を向けた。
北の地と言う言葉だけがグルグルと頭の中で反響し続けている私は、黙って手を引かれるしかなかった。
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