上 下
16 / 26

パーティーのお誘い 6

しおりを挟む

 その後私たちは、参加者たちに囲まれてしまった。
 社交界にほとんど顔を出すことがなかった末の王子、そして魔術師団長と縁を繋ぎたいという意図が透けて見える……。

 けれど、予想外にも私の周囲も、貴族令嬢や夫人であふれかえっていた。

「そのドレスは、もちろんレインリーフの主任デザイナーメルリスの新作ですわね!?」
「ええ、もちろんですわ」

 こうなったら、レインリーフの宣伝を頑張ろうと心に決めて、貴婦人の微笑みを貼り付ける。
 少しだけ離れたところで、やはり囲まれてしまったレザール様も、もちろん美しいけれど冷たくて近寄りがたい笑みを浮かべている。

「――――王都での噂は本当なのですか?」
「噂……。ですか」
「ええ、レザール・ウィールディア殿下との」
「あ、それは……」

 その噂話を先ほどまで知らなかったため、答えに窮してしまう。
 レザール様に関する話題は網羅していたつもりだったのに、どうして情報が入らなかったのだろう。

(それに……)

 先ほどの言葉を思い出して、頬が熱くなるのを感じたその時、手首を掴まれてそっと引き寄せられる。
 それだけでも、高いヒールを久しぶりに履いた私は、姿勢を崩してよろめいてしまった。

 当たり前のように支えられる体。
 もう、知ってしまった。ハーブとシャボンの香り。
 振り向かなくたって、誰なのか分かってしまう。

「申し訳ないのですが、俺の片思いですので、彼女を困らせないでいただけますか?」

 その声は、いつもと違って大人びていて冷たい。
 レザール様の言葉に、会場がざわめく。
 私は、ますます熱くなってしまった頬を隠すために扇を広げて、目元だけで微笑んだ。

「……フィアーナ。行きましょうか」
「え、ええ……」

 辺境では、風と自然と近しい人たちとだけ過ごしていたから、たくさんの人に囲まれている状態から離れることができてホッとする。
 けれど、それと同時に心臓は高鳴るばかりだ。

(でも、推しが私に片思いなんて、あっていいはずがない)

 けれど、先ほどから何度も言われている。
 いくら、私が恋愛ごとに疎いからといって、幾ら何でもこれは勘違いではないだろう。

「すみませんでした……」
「……どうして謝るのですか?」
「あなたを巻き込んでしまった自覚があります」
「私を?」

 テラスには誰もいなかった。
 静かに輝く月が、レザール様の美しい水色の髪をきらめかせている。
 これは、間違いなく、ヒロインと初めてパーティーに行ったときのスチルだ。

「レザールきゅん」
「……ふふ。あなたは、そのままでいたほうがきっと幸せなのでしょうね」
「はい!! レザールきゅんを見ているだけで幸せです!」

 思わず出てしまった言葉は、違う世界の私とフィアーナとしての私、まごうことなき二人の本心だ。
 私は、レザール様のことが好き。それだけは、間違いない。

「でも、俺の隣にいれば、今日みたいなことばかりだ。そして、危険にもさらされる……」
「…………」
「それなのに……」

 レザール様は、笑っているけれど、その表情には憂いがにじんでいる。
 かつて、フィアーナのことを「お姉様」と呼んで会いに来てくれたレザール様は、いつだって幸せそうに笑っていたのに。

「笑って欲しいな……」
「え?」

 口をついて出た言葉。
 そう、私はレザール様に笑っていて欲しい。
 それは、いつだって共通している私の気持ちだ。

「そう……。恋とか愛とか分からないけれど、私はレザールきゅんが誰よりも大好きで、幸せそうに笑っていて欲しいんです」
「…………」

 レザール様の両手をギュッと掴む。
 もしも、その笑顔が見られるなら……。

「そうすれば、きっと私は幸せなのだと思います」

 たぶん、今私が見せている笑顔は、心からの……。
 その瞬間、離れてしまった両手を目で追う。
 その手はそのままレザール様の口元を隠した。

 暗いはずなのに、その頬はハッキリと赤い。

「…………」
「…………」

 数秒の沈黙は、次の瞬間私を抱きしめた両腕にかき消された。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

処理中です...