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定時に終わるなんて
しおりを挟む定時に仕事が終わってしまった。
こんなこと、年に数回あるかないかだ。
もちろん、特別室だけではなく、4西病棟での仕事もしたけれど、今日は全体的に妙に落ち着いていて、小林と一緒に、ほぼ定時でタイムカードを押す。
ガチャンッといつもの音がして、タイムカードに打刻される。
誰かと一緒に帰るなんて、ずいぶん久しぶりな気がする。
「それにしても、特別室ってなんなのかしら」
患者は、普通の病気や怪我で入院している。
「特別室は、噂通りだった?」
「うん。噂を上回っていた」
たしかに、4西病棟には、ほかの階よりも、心霊話的な噂が多い。
しかも実際に、霊感なんてない方の小林も すら、何回かは不可思議な体験しているのだから、否定しようもない。
「美咲は、怖い?」
「怖くない」
怖くはない。ただ、不思議に思うだけだ。
ユニホームを着た時の、魔法とでもいうのだろうか。
道端で誰かが倒れたら、ものすごく動揺するのに、ユニホームを着ている時は、気持ちからして違うのだ。
「ユニホームを着ている時は、怖くない」
「あ、わかる」
白衣が、スクラブに代わって、病院全体が色とりどりになったときには、戸惑いもしたけれど、今はやっぱりスクラブを着た瞬間から、美咲は看護師になる。
「魔法みたい」
「そうね」
魔法といえば、あの紫に光る指輪。
きっと、今思えば、光の加減だったり、科学で説明できるものだったに違いない。
ロッカールームで、私服に着替える。
看護師の服装は、比較的自由で、ユニホームがあるのがありがたい。
「あ、今日の服、可愛いね?」
「ありがとう。夜勤明けについつい買っちゃったの」
なんとなく、暗黙のルールで、黒は避ける傾向にある。だから、今日の美咲は、淡いクリーム色の花柄のスカートに、ドルマンスリーブのシャツを合わせている。
それから、夜勤明けに、デパートに行ってはいけない。ついつい買いすぎてしまうから。
帰り際に廊下で音が響くのも気になるから、あまり高い靴も履かない。
だから、仕事に行くといっても、看護師たちの服装は、通勤服には見えないだろう。
爽やかな風と、並んで歩く二人の影。
二人の家は近い。
並んで歩いているうち、先に着いたのは美咲の家だ。家のすぐ隣に、きざはしの階段があって、登り切れば神社がある。
巫女とか宮司というわけではないにも関わらず、なぜかこの神社は、代々橘家が守っている。
「またね?」
「またね。私は、明日は夜勤だから、次会うのは、夕方ね」
小林は、明日夜勤らしい。シフトが合わなくなり始めると、同じフロアに勤めていても、全く会わないのも看護師の仕事だ。
美咲は、家のドアを開く前に、神社の階段を勢いよく駆け上がった。今日は、まだまだ体力に余裕がある。
暗くなる前に、家に着くなんて、奇跡にも近い。たまには、寄りたくなったのだ。
「……あれ」
神社の前には、たぬきが一匹いた。
前足を合わせて、社の前にちょこんと座っている姿は、祈っているように見えてしまう。
いくら、この辺りが緑豊かでも、たぬきを見るのは珍しい。
「えっと、たぬきの参拝?」
それでも、この神社は、裏山があって、時々たぬきが現れる。
たぬきは、くるりと振り返った。
振り返った直後、女の子が立っていた。
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