こちら4西病棟特別室〜ワケあり患者様たちに翻弄されています〜

氷雨そら

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看護師と猫

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 美咲は、猫が好きだ。
 飼ってみたいと思う程度には。

『にゃあ』

 しかし、目の前の三毛猫は、やはり尻尾が二本あるようだ。

「どうしたの。そんなところに立ち止まって」

 後ろからかけられたのは、小林の声だ。
 現実に引き戻されたように、美咲は振り返る。

「猫が」
「猫?」

 ほら、あそこにいるんです。と言おうとしたのに、振り返った先に、もう猫はいない。

「猫が入り込めるほど、窓は開かない仕組みだわ。それでも……。いたの?」
「ええ。いました」
「そ。まあ、仕事しましょうか」

 小林がそんな反応なのは、美咲との付き合いが、長いからだ。
 つまり、今回は見えないけれど、いたのだろうという意味合いだろう。

「….…何かあったら、ナースコールして。飛んでいくわ」

 ナースコールは、そんなふうに使うものではない。それでも、その言葉は美咲にとって、頼もしいものだった。

 午後のラウンド。
 すべての部屋を訪れたけれど、もう不思議な出来事は起こらなかった。

 佐藤は、パソコンと睨めっこしていたし、鈴木は相変わらず朗らかな笑顔だった。吉野にケモ耳なんてなかったし、さくらは元気に明るい部屋にいた。

 午前中の出来事全てが、幻だったかのように、普通の病棟だ。

「普通……。普通ってなんだろう」

 看護師の仕事自体が、普通ではないのかもしれない。
 患者の個性が豊かだなんて、当たり前なのだから、何が起ころうと、それは普通ということだ。

 四人しか受けもたないなんて、とてもとても少ない。それでも、やろうと思えば、いくらでも仕事は見つかる。

「とりあえず、看護記録でも書こうかな」

 とはいっても、今日の記録には手こずりそうだ。
 看護記録は、自分の書きたいことを書く日記ではない。
 でも、今日の出来事は、看護に関係ないにしても、思わず書いてしまいそうだ。

 明日も日勤だ。
 ある日急に、ものすごく忙しくなるのが、看護師の仕事なのだから、今日くらいは、記録をささっと書き上げて、定時で帰ろう。

 美咲はそう決めて、カタカタとキーボードを叩きはじめた。
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