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院長に詰め寄ります 2
しおりを挟む「実は、美咲君が特別室に配属になったのは、院長である俺の指示ではないんだ」
「えぇ……。では、看護部長ですか?」
「いや、理事長。……どこで知り合った?」
「え。そんな大物の知り合いが、私みたいなしがない看護師にいるはずないではないですか」
交代勤務をしていることもあって、友人との予定もなかなか合わない。
看護師仲間で飲みに行くことも、数年前まではよくあったが、最近は歓送迎会すらできずにいる。
もっぱら、仕事が終わったら、スマートフォンをいじって、ウェブ小説でも読むくらいしか、楽しみがない。
看護師を妻にもらった夫は、勝ち組だ。なんて言ったのは誰だろう?
勝ち組にしてあげたい。優しい夫が欲しいものだ。その前に、彼氏が。
「――――ふむ。だが、事実だ」
「困ります」
「理事長にそれとなく聞いてみたが、教えてくれないんだよ」
「うっ。……そうですか」
思い当たることがゼロではないのが困りものだ。
美咲の家は、代々古い神社を守っている。ごく普通の神社だ。だが、古都にふさわしく、その歴史はとてつもなく長い。きざはしの階段を昇れば、そこは別世界というくらい清浄な空気。そんな場所だ。
そのせいで、美咲の祖父には、各方面で有名な知り合いが多いのだ。
大方、その関係ではないだろうか。
「私のおじいさまのご関係でしょうか」
「橘さんは、関係ないと思うな。なんせ、年齢が違い過ぎる」
田中院長も、祖父の橘八郎に、若い頃世話になったらしい。
医療関係者ではないのだが、美咲の祖父は。どこでそうなったのか、誰も教えてくれない。
「……若いんですよね? うちの理事長」
「――――そうだな。そして未婚だ。どうだ? 紹介するか?」
「冗談を……。住む世界が違います」
美咲の夢は、普通の家庭を築くことだ。
かわいい子どもたち、優しい夫、看護師の仕事は好きだから、子どもが小さいうちはパートとして……。
まあ、残念なことに、そんな相手はいないのだが。
「お、そろそろ、昼飯を食べて来ないと、食べそびれるんじゃないか?」
「そうですね……。急に押しかけて申し訳ありませんでした」
「いや、また、面白いことがあったら教えてくれ?」
あいかわらず田中院長は気さくだ。医師と看護師も、同僚や上司としてならば案外普通に関われるものだ。
患者のことでは、意見が食い違うことも勿論あるけれど、それはそれだ。
「それにしても……」
言いくるめられてしまったのは、否定できない。
なんせ、美咲と田中院長では、踏んできた場数も、年数も違う。
でも、なぜか、美咲はすっきりとしてしまったことを自覚している。
ずっと、自分は人とは違うのではないかと思っていた悩みまで、ちっぽけなことに思えてくる。
「――――猫」
特別室に続く扉の前に、先ほどの猫がいた。
暗闇では緑に光る二つの瞳しか見えなかったけれど、先ほど、さくらの病室にいた猫に違いない。
もう一度、美咲は目をこすった。
その三毛猫は、『にゃあ』と可愛らしく鳴いた。
それは、変わらない。それは、先ほどと同じだ。
でも、その猫のしっぽは、どう見ても二本あるように見えた。
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