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院長に詰め寄ります 1
しおりを挟む通常、院長と看護師が直接話をする機会は、あまりないだろう。
古都北病院の田中院長は、気さくで、変わり者で、声が大きい。最後の声が大きいは関係ないとして、看護師全部の顔と名前をきちんと憶えているらしく、それだけでもう好感度が高い。
「それで、橘君は押しかけて来たわけだ。院長室に?」
「だって、なんだかおかしいんです」
「おかしいと思うから、おかしいのではないかな? 患者というのは、社会に暮らす人が担った役割の一つだ。つまり、いろいろな人間がいるのは当たり前だ」
なんだか、いつも体育会系の整形外科医なのに、珍しく田中院長はもっともらしいことを言う。
思わず納得しそうになる。やはり院長まで上り詰めるような人は、違うのだろうか……。
「――――だって、なんだか」
「指輪が光って、狐の耳が見えて、猫が紛れ込んでいた?」
パチパチと、瞳を瞬く美咲。
その通りなのだ。その通りなのだが、どうして院長はそのことを理解しているのだろうか。
「うちのグループは、全国に医療施設を展開しているのは知っているか?」
「ええ、もちろん……」
離島応援プログラムに参加すれば、離島やへき地の看護師として半年働くことも出来る。
早期に災害の救援に行くチームもあるし、海外の提携病院への留学も語学の壁さえ超えられれば可能だ。
夢のような病院ではある。美咲は、普通の看護師なので、あまり関係しないかもしれないが。
「――――もし、創始者が、美咲君のような人間だったとしたら?」
「うんっ?」
なんだか、話の流れが変わってきたのを感じつつ、冷たい汗が背中を伝う。
そもそも、この病院の若き創始者は、ほんの十年程度で、グループを国内でも有数の医療法人へと押し上げた伝説の人だ。
「う、うう。私は、普通の人間です」
「俺もだ。そして、特別室に入院している患者も、普通の人間だ」
「――――でも」
「普通とはなんだ?」
そんなのこじつけだと思いながらも、美咲は少しだけ田中院長の言いたいことが理解できる気もした。
夜中に大きな声を出したり、ベッドの下に猫がいると言ったり。
一般的には、そういうのは普通ではないと言われるのだろう。
――――でも。
体の具合が悪くなれば、心はそれに引っ張られる。
それは、普通に研究されているし、医学的に言えば『せん妄』といわれるものだろう。
つまり普通なのだ。人間が病になれば、当たり前のことなのだ。
「しかしですね」
「君にしか任せられない」
真剣な表情のシルバーグレイの田中院長。
いつも、あまりまじめな様子を見せない。患者の前でも明るいし、深刻なことも比較的軽く伝えるタイプの医師だ。
「……私は、こんなふうに人と違うことを、ずっと認められずに」
「そうだな。残念ながら、俺には見えないんだ。さっき伝えた患者の様子。紫の光ってなんだ? ってなる」
「でも、信じるんですか? 院長は……」
「信じるさ。今回は見えないが、医者をしていれば、不思議な出来事なんて隣り合わせだ。そう思わないか?」
患者がいなくなったベッドから鳴るナースコール。
慢性期病棟から、急な体調変化で急性期の病棟に移ったそのベッドにいた患者は、その時息を引き取ったという。
けれど、その場にいた看護師が、怖がることはなかった。誰一人。
たまたま。ただ、偶然そのナースコールは、壊れただけなのだろうか?
看護師の働く病院という場所には、美咲のような体質でなくても、不思議があふれている。それは事実だ。
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