こちら4西病棟特別室〜ワケあり患者様たちに翻弄されています〜

氷雨そら

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ナースコールと真っ暗な部屋 2

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 手早く体を拭き終え、着替えを終えると、それだけで既にヒューヒューと軽い喘鳴が聞こえてくる。
 美咲は、手早く電子カルテで、医師があらかじめ出している指示を確認する。
 指示に従い、吸入すれば、さくらの呼吸は落ち着く。

「――――小林主任」
「木田さん……。なかなか、落ち着かないわね」
「そうですね……」

 すぐに対応したおかげで、さくらはニコニコと笑顔を見せるほどだ。

「――――でも、どうして木田さんは、小児科ではないんです?」

 それは、もっともな疑問だと思う。小児科医のほうが、小児喘息の対応は専門だ。

「怖がってしまってね……。特別室以外では、すぐに大きな発作が起きてしまうらしいの」
「――――え?」

 特別室では、あんなに真っ暗な中にいたのに。
 それに、あの年齢であれば、両親が付き添うことだってできるはずだ。

 小林主任は、新人看護師たちのフォロー担当をしている。
 それだけ言うと、まだ可愛らしさの残る新人看護師二人のところへ、戻っていった。

 沙織も看護学校に入学し、無事卒業すれば、新人看護師としてあんなふうに働くのだろう。

「さて、とりあえず木田さんの様子をもう一度みて、それから休憩に入ろう……」

 朝から、今まで経験したことがないほどの、非日常を味わってしまった気がする。
 美咲は、昼休憩に入ったら、とにかく院長室に駆け込むことを決め、もう一度さくらのいる病室へと向かった。

 再び入った病室は、やはり真っ暗だ。

 ……やはり、気のせいではなかったらしい。ベッドの下では、何かがうごめいて、緑色の二つの光がきらめいている。そう、何か小さな動物の目だ。

「猫でも紛れ込んでいるの?」
「――――視えるの?」
「え?」

 さくらの言葉に動揺しながらも、美咲はベッド下をのぞくためにしゃがみ込む。
 こういう時に、動きやすいスクラブは便利だ。
 子どもの頃、憧れていたナースキャップと白衣を着ることが出来なかったのだけは、残念だけれど。

『にゃ!』

 そこには、可愛らしい猫がいた。鳴き声までかわいい。
 猫派の美咲は、思わずその可愛らしさに震える。

「――――で、でも。病院に猫は、不味いよね?」
「え? だめなの」

 さくらが、明らかに落胆した声を出す。
 そもそも、さくらは喘息だ。病室に猫の毛でも舞ったら、刺激になりかねない。

「こっちおいで~?」

 美咲は、穏便に外に出てもらおうと、猫を呼ぶ。
 猫はフンスと鼻息荒く、体を伸ばすと、美咲の横をすり抜けて、少し空いていた扉から出て行ってしまった。

「あー。猫さん行っちゃった」
「ごめんなさい。さくらさん……。でも、さすがに病院に猫はちょっと」

 そういえば、以前働いていた病院で、ベッドの下に猫がいると言ってきかない高齢の患者に、夜中にベッド下をのぞかされた。

 床に這いつくばるように、ベッド下を確認して見せたら、やっと納得して眠ってくれたのだった。
 夜勤になれば、ベッドの下にはいろいろな生き物が現れる。
 患者によれば、それは妖精だったり、猫だったり、子どもだったりするのだ。

「でも、本物が紛れ込むなんてね」

 特別室から猫は出て行ってしまったようだが、病棟が騒ぎになっていないところを見ると、秘密の抜け道でもあるのかもしれない。

「ほんもの……?」

 さくらの首をかしげる仕草は気になったが、美咲は少し遅れてしまった休憩をとることにした。



 
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